日付が変わりかけた頃、修司が郁子を家まで送ってくれた。ゆっくり歩いて三十分程の距離を手を繋いで無言のまま歩いた。
 郁子の自宅に着いて、からっぽのガレージと真っ暗な家の窓を見て修司は眉を上げた。
「親、留守なのか?」
「うん」
「ひとりで大丈夫なのか?」
「いつものことだよ」
 フェンスの門扉を開けて郁子は中に入る。
「ちゃんと戸締りしろよ」
「うん」

 言われて閂をしっかりかけて顔を上げると、外側から身を屈めた修司の顔が思わぬ近さにあった。そっと唇とくちびるが触れ合う。
「……なんかあったらオレに電話しろ」
「……うん」
「なんかなくても電話しろ」
「はい」
 郁子は素直に頷く。
「中に入りな。ここで見てるから」
「うん。ありがとう」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

 なんでもない挨拶なのに久し振りに誰かと交わした単語だった。ほんのり暖かくて、さよならみたいに寂しくはないのに少し切ない。
 玄関の鍵を開けて家の中に入る。扉を閉める前に小さく手を振ると、修司も手を上げて振り替えしてくれた。



 短大の入学式までの春休みは特にすることもなかった。自宅から通学する郁子に必要なものは通学定期くらいで、あとは入学式用のスーツと靴をネットで購入すれば良いだけだった。
「買い物ならあたし付き合ってあげたのに」
 朱美が言ってくれたが郁子はふるふると首を横に振った。おしゃれに興味のない郁子はファッションビルなど気後れしてとても入れない。

「そんなこと言わないで今度電車で買い物行こうよ。六月くらいには夏のセールが始まるじゃん」
 朱美たちグループの女子はバーゲンセールの時期に合わせて都会に行って、服を買うのだそうだ。
 これから新生活が始まるというのに、二か月後の自分が何をしているのかなんて郁子には想像ができない。

 帰宅ラッシュの時間帯。駅近くの公園に面した大通りは、信号待ちの乗用車が連なっている。その横断歩道を渡って公園にやって来る修司の姿が見えると、朱美たちはいそいそ別れの挨拶をして郁子を置いて行ってしまう。
 最初にこれをされたときには、意図がわからず寂しい気持ちになったが、女友だちとしての気遣いだとわかって安心した。友だちのいなかった郁子には、そんなこともわからなかったのだ。