子どもの頃、お父さんとお母さんはどうして毎日怖い顔をして大きな声を出すのかと恐ろしかった。ふたりとも郁子には優しいのに、お互いの顔を見た途端怒りだす。
 郁子がもっと小さな頃にはこんなじゃなかったと思う。お父さんもお母さんもどうしてこんなふうになってしまったのだろう。

 耳をふさいで罵り合う両親に怯えながら郁子は小さな頭で考えた。
 もしかしたら、郁子がいけない子だからだろうか。悪い子だからだろうか。自分ではわからないけれど、気づかないうちに神さまを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

 その考えを証明するように、優しかったはずのお父さんとお母さんの態度は、郁子に対しても段々と冷たいものになっていった。どうしてなんだろう? 自分の何がいけなかったのだろう? 尋ねてみたかったけれど、これ以上怒らせたらと思うと怖くて口をきけなくなった。

 学校でもそうだ。思ったことを口にすると大抵の子は怒ってしまう。
 それならなるべく口をきかないようにしよう。家でも、学校でも。なるべく気持ちを言わないようにしよう。

 だけど聡にだけは時々は、甘えたことを言ってみよう。聡なら大丈夫。怒ったりしない。本音をこぼしても誤解しないでわかってくれる。聡はとても頭が良いから。
 そうは思いつつ結局は、聡に対しても郁子は甘えきることができなかったのだ。


     *     *     *


 卒業式の夜、朱美や達也たちの集まりに修司と郁子も加わった。
「卒業おめでとう」
「うん……」
「ほぼほぼ卒業ってことで修司も仲間に入れてあげよう」
 朱美の仕切りに、そうだそうだとコーラの缶を振り上げて達也がそのままプルトップを開ける。炭酸が勢いよく噴き出して周りにいた皆がぎゃあぎゃあ逃げ惑った。

 駅近くの公園。明るいところで見上げてみたが、桜の蕾はまだ膨らんでもいなかった。

「郁子んちの親って意外とおおらかだよね」
 並んでブランコに座った朱美が声を潜めて話す。時間的にそろそろ騒がしくするのはやめて小さな声で話そう、と誰ともなしに注意し合い始めたところだった。彼らはグレてはいても良識的なのだ。

「夏に一緒に遊んだときにも思ったけどさ、門限ないんだ?」
「うん、そうだね……」
 郁子は曖昧に頷く。暗くて、朱美は郁子の微妙な表情に気づかなかったようだ。