「でも就職もダメになっちゃったって……」
 おずおず言った郁子にも修司はからりと笑って見せた。
「仕事なんか選ばなければどうにでもなるさ。ツテならたくさんあるからな」
 そうかもしれない。知り合いの多い修司なら。

「まあ、でも。姉貴にはどやされるだろうけどな」
「お姉さん……」
「ああ。おっかねえんだ、これが」
 修司がそこまで怖がるお姉さんてどんな人なんだろう。夕暮れ時の公園で郁子は思う。

 修司の退学が決まってから学校に行く気がすっかり失せて、郁子は自宅に引きこもっていた。
 卒業式の数日前になって修司から呼び出され、駅前まで来てこの公園で待ち合わせしたところだった。

 桜の樹が多いこの公園はもうしばらくすると花見客で賑わうが、今はあまり人気はない。ゲートボールコートや遊具があるので昼間はそれなりに人の出入りはあるらしいが、そろそろ夕飯時のこんな時間では、遊んでいる子どもはもちろんいない。

「郁子さ……」
 かばの形の遊具に座って修司は郁子を見上げた。
「オレが好きか?」
 郁子は瞬きして考える、振りをした。ささやかな抵抗だ。ささやかすぎて仕返しにもならない。
「うん。好き……」
 次の瞬間には口が勝手に動いていたから。

「高校退学になったようなヤツでも?」
「うん」
 とっかえひっかえ交際相手を交換するような行為の方がよっぽどヒドイんじゃないかと思いながら郁子は頷く。
 心の声が聞こえたのか修司は苦笑いする。
「オレはずっと郁子が好きだ」
 その言葉を信じるかどうかと問われれば、郁子にはわからない。どちらかというと信じられないかもしれない。でも今はそれはどうでも良い気がした。

 郁子が伸ばした両手を修司も両手で握る。人を殴る手は怖いと思う。郁子の手を包む手は優しい。いつも優しい修司でいてくれればと思う。

「修司くんのカノジョになりたいです」
 今度は修司がゆっくり瞬きして郁子を見る。それから郁子の手を引っ張った。
 少し体を屈めて、郁子は修司の肩におでこをくっつける。郁子の体に腕を回しながら修司は笑い混じりに囁く。
「郁子は小さいなあ」
「普通だよ……」
 肌寒さを感じさせる風が、火照った頬を撫でてくれた。