修司の言葉の最後の方は聞こえていなかった。修司が、誰にも秘密の話を郁子にしてくれたことが嬉しくて。だがそんな浮ついた気持ちはすぐしぼんだ。

「怪しいぞ、これ」
 修司が黒いポリ袋の包みを引っ張り出した。平たい四角形でいかにも布地のような感触だ。外側のポリ袋も、砂っぽい埃で汚れている他の物と違ってまだきれいだ。
 修司の手から受け取った郁子は袋の結び目を解いて中を覗いてみる。紺色の光沢のある布地と縁取りの黄色い房飾りが確認できた。
「これ!」
「よし」

 急いで外に出したものを放り込んで元に戻し、またフェンスをよじ登る。今度は修司に引っ張り上げてもらったり抱き止めてもらったりしたから怖くなかった。
「先に行ってる」
 ポリ袋の包みを持って校舎へ走っていく修司をいったん見送って、郁子は大きく肩で息をついた。



 少し遅れて相談室の前に行ってみると、開けっ放しになった扉から声が丸聞こえだった。
「見つかったところで誰が持ち出したんだって話になるだろうが」
「オレたちじゃねえって言ってるだろ!」
「じゃあ、誰なんだ?」
「知るかよ。とにかく達也でもオレでもねえよ」
 どうやら堂々巡りは変わらないようだ。誰を犯人だと疑ったところで証拠はないのだが。
 どうすれば良いのかわからなくて廊下の途中で郁子は迷う。

 そんな郁子を後ろから追い越して女子生徒が一人、髪をなびかせながら歩いていった。生徒会の彼女だ。
「失礼します」
 郁子には目も向けず、きりっとした顔つきで相談室に入っていく。
「なんだ? どうしたんだ?」
 きょとんとした教師の声。何をするつもりなのかと郁子は小走りに近づいて相談室を覗き込む。

「私がやりました」
 は? という形に口を開いて教師が驚愕している。机に両肘をついて頭を抱えるようにしていた達也も目を上げて彼女を見ている。机の手前に立っている修司は冷たく彼女を見下ろしている。
 郁子からは顔は見えなかったが彼女はすっと姿勢よく立ち、教師に向かってすらすらとよどみなく説明した。

「校長室から優勝旗を持っていってプールサイドの物置に隠したのは私です。ずっと思ってたんです。あんなふうに誰でも入れる状態で金庫を開けっぱなしにしておくのは不用心なんじゃないかって。それで魔が差したんです。悪戯したくなったんです。すぐに返すつもりでした。こんな大事になってしまって……すみませんでした」