プールを取り囲むフェンスの出入り口は大きな南京錠で施錠されている。
 入れる場所はないかと右往左往して郁子は覚悟を決める。乗り越えるしかない。

 金網の目に足をひっかけ登り始める。
 三メートルはあるフェンスの半ばまで来たところで怖くなる。だけどここまで来たらやるしかない。
 腕をぶるぶる震わせながら少しずつつま先を上へ上へと移動させる。
 てっぺんのへりに手をかけて上半身を乗り出すと、プールサイドが真下に見えて目が眩みそうになった。ここからがまた怖い。足を上げたらバランスを崩してしまいそうだ。

 片足ずつフェンスを越えてプールサイド側へ体を返そうとしたとき、恐れていた通りに体が後ろ向きに傾いだ。
 手で体重を支え切れず上半身がフェンスから離れる。つま先がずるっと下がってしまったとき「しまった」とも「やっぱり」とも思った。自分には無茶がすぎたのだ。

 どかっと背中とお尻に衝撃を感じる。だが思ったほどの痛みはなくて。
「なんつう危ないことすんだっ、おまえは!」
 瞼を閉じることもできなかった郁子は、呆然と自分を受け止めてくれた修司を見上げる。
「どうして……」

「校舎からおまえがよじよじ登ってんのが見えたんだよ。声かけるのも危なそうだったから俺はあっち側から越えて来た」
「あ……」
「どうしたんだよ?」
「多分、優勝旗があそこに……」
 軽くめまいがする額を押えながら郁子は用具入れを指差す。

 郁子の体をそっと下ろしてから、修司は眉根を寄せて郁子を軽く睨みつけた。
「どうしてわかったんだ? 誰に聞いた?」
「それは……」
 郁子は口ごもって唇を噛む。やっぱり言えない。聞けば修司は自分を責める。
「それは、なんとなく……」
 誤魔化す郁子に修司は怖い顔をする。怒られると思って郁子はぎゅっと目を瞑る。

「……あそこにあるんだな」
 予想に反し落ち着いた声で確認された。
「うん。多分」
「捜すぞ」
「うん」
 踵を返す修司の後を追い郁子も用具入れへと近づいた。