「それで達也くんを巻き込んだの?」
 思ったよりもするりとその問いは郁子の口から出てきてくれた。じとっと彼女は郁子を見据える。
「短い間でも一緒にいたならわかるよね。修司くんは仲間思いで、仲間が大事で……達也くんがバスケが好きだってことも、一緒にいたならわかるよね……」

「言えばいいじゃないですか」
 最初の険しい目に戻って彼女は小さな唇を挑戦的に歪めた。
「私がやったって言えばいいじゃないですか。自分のせいで友だちが泥棒扱いされてるって教えてやればいいじゃないですか」
「言えないよ!」
 自分でもびっくりするような大きな声が喉から飛び出し、郁子は目を見開く。そのまま郁子はもう一度声を押し出した。
「言えないよ……そんなの、修司くんに言えないよ」

 ふらふらと膝をついて、郁子は深く頭を下げた。
「お願い。優勝旗を返して」
 冷たい視線を首の後ろに感じる。それでも郁子は頭を上げずにもう一度叫んだ。
「返して下さい!」
「私が盗ったなんて言ってないですよ」
 冷淡な返事に郁子は勢いよく顔を上げる。
「だって……っ」

「先輩はすっかり私が犯人だと決めつけてますけど、証拠はあるんですか? ないですよね」
 険しかった瞳は今では氷みたいだ。
「そんなの……達也くんは証拠もないのに犯人にされちゃいそうなんだよ!?」
「普段の素行が悪いからそうなるんですよ」
「そんなの……」
 つぶやきながら郁子は視界が暗くぼやけるのを感じた。

 どうして。こんな冷たいことが言えるんだろう。この子も、修司と別れろと言った教師も。外側だけで人を見て。
 愛想がない、可愛くないと郁子をけなした両親も。
「…………」
 悔しくて涙が出てきた。悔しい、悲しい。

「どうして先輩が泣くんですか」
「だって……」
「先輩が泣いたってしょうがないのに」
 声に刺々しさがなくなっているのを感じ、郁子は少しだけ顔を上げる。
 彼女は顔を横に向けてあらぬ方に視線を投げていた。何やら頑なな様子で視線をそっちに注いでいる。

 察して郁子は視線を辿る。敷地の向こう端、体育館越しにプールのフェンスの一角が見える。その内側の用具入れの屋根が少しだけ見える。
 ハッとして郁子は飛び跳ねるように立ち上がって走り出した。生徒会の彼女は追いかけては来なかった。