砂利に足を取られながら波打ち際へと進む間に、空はぐんぐん明るくなり水平線から眩しい光が放たれた。朝日が世界を包んでいく。
 光の中を修司はひたすら波間を見据えて足を進めていく。手を引っ張られて郁子も明るい日差しの方へと向かう。

 南の海の彼方には、理想の世界があるという。そんなことを本で読んだ。信じてはいないが海に入るのなら南に向かってがいいなと郁子は思った。

 波の跡で隆起した砂利の丘を越えるごとに波音が大きくなっていく。打ち寄せる波の白い飛沫が見えてくる。
 ひと際高く波が上がって打ち寄せて来て、ふたりの足元にまでさあっと広がった。靴が水に濡れた瞬間、覚悟はしていたが飛び上がってしまいそうな冷たさを感じた。
 体を竦ませてしまった郁子の手を引いて修司は力強く海の中へ踏み入っていく。それに合わせ郁子のスカートの裾が波の上に広がった。


     *     *     *


 彼女はちょうど生徒会室を出てきたところだった。息せき切って戻ってきた郁子を見て、険しい表情になった。
「あの、話を……」
 言葉が続かず尻切れとんぼになってしまう郁子を睨みつけ、彼女は歩き出す。
「あの……」
 追いすがる郁子を一瞥もせずすたすた行ってしまう。歩くのが早い。もう次の授業が始まる時間だ。今彼女に話を聞くのは無理だろうか。

 後を追いながら考えていた郁子は、彼女が教室ではなく体育館への渡り廊下に向かっているのに気づいた。郁子がついてきているのがわかってやっているのだ。
 郁子は怯まずついていく。渡り廊下を降りて敷地の片隅の防災倉庫の脇に入った場所で、彼女は足を止め後ろの郁子を振り返った。

 顔が小さいこともあって彼女の目は大きく見える。その瞳がぎらぎら輝いている。
「なんの用ですか?」
 視線からも声からも敵意を感じ郁子の胸は冷たくなる。でも怯えてなんかいられない。気弱そうな修司の顔を思い出して郁子はこぶしを握る。
「わかってるから、こんな場所に来たんじゃないの?」
 人に聞かれたくないから。