その表情がやけに明るく見えて聡は疑問に思ってしまう。
 少し前まで郁子はひどくふさぎ込んでいた。大事な受験さえ億劫なようだった。それともあれは受験ノイローゼだったのだろうか。

「機嫌がいいな」
 思わず聡はつぶやいてしまっていた。
「そうかな……受験が終わったからかな」
 目をぱちぱちさせてから、郁子は聡が予想した通りの言葉を返してくる。実に無難で郁子らしくない。

「俺はまだこれからなんだけどな」
「そうでした。聡が合格できるように祈るよ」
 嬉しいことを言ってくれる。それで聡の不安は少しだけ薄れた。
 新年を迎えた今日は良い天気で気分も良い。人込みは煩わしいけどここまで来て良かったと思う。

 本殿の前まで進み賽銭を入れて柏手を打つ。後ろが詰まっているから長くは手を合わせられず早々に先に進んだ。
 人の流れに沿って自然に今度はおみくじの列に並ぶことになる。
「お正月だし」
 郁子がまた大らかに言うからふたりでおみくじも引いた。郁子は大吉、聡は凶。聡の手元を見て郁子の顔が凍りつく。

 聡は苦笑いしてくじを折りながら周囲を見渡す。人垣の向こうに結び所があった。
「ここで待ってろよ。これ結んでくるから」
「うん……」
 聡が念を押すと、郁子は人の流れを避けるように池の際の大木の根元に体を寄せた。それを見て聡は結び所に急ぐ。

 張られた縄には既におみくじが鈴生りだったが、隙間を見つけて結びつける。郁子の前では苦笑いですませたが、さすがに受験生に「凶」はきつい。これを教訓に気を引き締めねば。

 結び終わってほっとして、また人混みを潜り抜けて郁子のところに向かう。ところが。郁子がいなくなっていた。聡は息を呑んであたりを見渡す。
 郁子はいない。スマートフォンを取り出しながら聡は不安な気持ちがぶり返してくるのを感じたのだった。