「あいつは物事の善悪がわかるやつだ」
 中学の担任教師がそう評したことがある。
 郁子は容赦なく本質を見る。見えてしまう。わかってしまうから厳しくなる。
 人の欠点ほど目に付くものはない。厳しすぎる彼女ばかりを責められない。ごまかすということが彼女にはできないのだ。

「聡って、うっとうしくないから、いいな」
 どういう意味に取れば良いのかいまいちわからなかったが、褒められているらしいことはなんとなくわかった。

「優しい人なんか、いないよね。みんなちっとも優しくない」
「優しくされたいのか?」
「なんか嫌だなあ、その言い方」
 くすくす笑って、郁子はそうじゃなくて、と言葉をつなげた。
「友だちとか、好きな人には優しくしたくなるものでしょ。でも、親切にしてあげた分だけ相手から返してもらえるとは限らないじゃない。あたりまえのようにあれこれしてもらってそれを特別だと思わずに、この人は世話好きな人なんだって感謝もしてくれない。わかってくれてるのかなって。そういうのって、理不尽な気がする。一方的に尽くしてるみたいでなんだか空しい」

 聡は眉を上げてくちびるを閉ざす郁子を見た。
「親切って見返りを期待してするものじゃないだろ、そうしてやりたいからだろ。自分でそいつのこと気に入ったから優しくできるんだ。どうでもいい奴にかまったりなんかしないぞ。優しくしてやったんだからあんたも自分に尽くしなさいなんて、すっげえわがまま。それって親切の押し売りだろ。相手が気の毒だ」
 小さく笑って聡は目をしばたたく郁子の頭にポンと手を置いた。
「ちなみに俺は、郁子を気に入ってる」

「聡ってすごいねえ」
 郁子は目を細めてにっこり微笑んだ。
「そういうこと言えるの、聡だけだもの」
 自分の他にも彼女にこんなことを言う男がいたら大問題である。相変わらず何もわかってなさそうな郁子を前に聡は重くため息をつく。

 郁子という奴は。他人に対して容易に気を許そうとしないくせに、自分の認めた相手には彼女に対する優しさを要求するどうしようもなくわがままな奴で。そのくせ他人を当てにしたりはしない強情っぱりで。
 何も考えていないようでいて、多くの人間が見すごしてしまうどうでもいいようなことにばかり頭を悩ませる偏屈物で。
 だけど、曇りのない目をしていた。