「漱石に詳しいとは意外」
「現国の授業で習ったよな?」
「『こころ』はね。だから反応しちゃった」

 喉が渇いたと主張する汐里に引っ張っていかれ、購買でジュースを買った。
「ここに座ろう」
 どうしていちいち人を付き合わせようとするのだろう。思ったが抗う気力もなくて、聡は汐里と並んで建物の外のベンチに座った。

「教科書に載ってるのって先生の遺書の一部じゃない」
 話題はまだ続くらしい。
「そうだな」
「部分的にしか知らないのに知ってる気になっちゃうの。で、ちゃんと全部読んでみてびっくりするの。こんな話だったのかって。映画とか音楽でもそうじゃない? 有名な映像や曲って自然と入ってくるから、一部分だけ覚えて知ってる気になっちゃうの」
「確かに」
「クラシックなんて楽章によってフレーズが変わるから、あれとあれって同じ楽曲なんだってびっくりする。第九とか」

 今日の汐里はまた饒舌だ。聡は話に集中できずに空を見上げる。濃い青に白い雲。初夏の日差しがまぶしい。

「気をつけないと、恋は罪悪だから」
 突然の言葉にどきりとした。頬を強張らせて見返ると、汐里は目を細めて聡を見ていた。
「……なんて台詞、なかったっけ?」
 話題が『こころ』に戻ったようだ。
「あったかもな」
 だからなんだ。そんな気持ちで聡は頷く。なのに汐里はまた話題を変えた。

「豪華賞品欲しかったなあ。いけるって思ったのに。私っていつも詰めが甘いというか、ツイてないんだあ」
 背中をのけぞらせて上を見上げる汐里に聡も相槌を打つ。
「俺もだよ」
 そう。自分はいつも微妙に運が悪い。初詣のおみくじで、凶を引いてしまうくらいには。


     *     *     *


 受験生にはクリスマスも正月もない。そうはいってもイブの夜にはケーキを食べたし、元日の朝には雑煮を食べた。
「今日くらい一息入れて初詣にでも行ったら?」
 母親が言ってくれたのでその気になる。父親は世の中が休みなときほど書き入れ時な職業だから、この日も家にいなかった。