呼ばれてレジャーシートの上に座ったものの、郁子はどうしていいのかわからなかった。どうして母親は来ないのだろう。考えると涙が出そうになった。

「なんだ、唐揚げばっかじゃん」
「運動会といえば唐揚げでしょ」
 重箱にいっぱいに詰まった唐揚げが美味しそうで、思わず目が行く。
「唐揚げ好き?」
 こっくり頷くと、聡のお母さんは紙皿に唐揚げをよっつも置いて、フォークと一緒に郁子に渡してくれた。
「どうぞ召し上がれ」

 既にふたつめのおにぎりを頬張っている聡の隣で、郁子は唐揚げを食べた。郁子の母親は唐揚げなんて作ってくれたことはない。油がはねるのがいやだと言って揚げ物は作らない。総菜の油っぽい唐揚げしか食べたことのない郁子にとって、手作りの唐揚げはとても美味しく感じた。

 そういえば、中学の頃にも夕食で唐揚げをごちそうになったことがあったな。思い出して郁子は不安になる。小学生のときも中学のときにも、自分はきちんとお礼を言えていただろうか。

「おばさん……」
「ん?」
 もやしの袋を手に聡の母親が振り返る。小首を傾げて見つめられると何も言えない。
「どうしたの?」
「いえ……」
 曖昧に笑って曖昧に頭を下げ、郁子はその場から逃げ出した。




 朱美が話していた通り、修司の隣からあの派手な一年生はいなくなった。代わりに今度は、二年生の小柄な女の子をよく見るようになった。顔が小さくてさらさらの黒髪のかわいらしい子だ。

 遠目に見ていると、相変わらず修司と目が合う。どうしてこんなふうに自分の視線に気がつくのだろう。
 修司の傍らにいる女の子の肩越しに見つめ合うことに、郁子は躊躇しなくなっていた。あの日以来、修司の瞳にわずかばかりの色を感じるようになったから。

 どうしてそんな目で見るの? 悲しく思いながら郁子は修司を見つめ返す。わたしはそこへは行かないよ。知ってるくせに。
 思ってから気がつく。だから。だから修司は郁子を突き放したのだろうか。それならなおさら、そんな目で見ないでほしい。