明け方まで営業している居酒屋やカラオケボックスが並ぶ駅前の繁華街を通りすぎると、再び辺りは静かになった。オフィスビルが並ぶ大通りは車も通らない。

 ふと修司が郁子の腕を引いた。見上げると、さっきよりも表情をやわらげた彼がいたずらっぽく笑っている。笑顔につられてそのまま車道の真ん中に引っ張り出されてしまう。

 危ないよ、という言葉を呑み込んで郁子も笑う。だって、クルマなんか来ない。こんな大きな車道を堂々とふたりきりで歩くだなんておかしくて仕方ない。
 夜通し歩いて重たく感じ始めていた足が、一気に軽くなった。


     *     *     *


 文化祭が終わって秋が深まるのと同時に、学校は一息に静かになった。自分が受験生だからそう感じるのかもしれなかったが。
 郁子は近くの短期大学の一般推薦入試を受ける予定だったので、早々に志望校に願書を提出した。それも聡に急かされてようやくこなしたのだったけれど。
「二週間後には試験だぞ。わかってるか?」
「そこまでぼんやりしてないよ」

 答えたものの、自分でもあやふやに感じてしまう。
 文化祭のあの日から足元がふわふわしているのを感じる。自分が自分でなかったようなあの行動力。あんなことがどうしてできたのか、時が経てば経つほどますますわからなくなる。
 修司のことは好きだけど今更という気持ちが強い。今更何かしようと思うほどの熱が自分にあるのなら、そもそもこんな生活はしていない、と郁子は思う。

 そんなふうに思うとますます日々の雑事が疎ましくなる。
 目敏い聡はそれを察して気をつけているのがわかる。自分だって受験勉強で忙しいのに。
 聡の踏み込みすぎない気遣いは、郁子にとっては心地いい。聡のことはうっとうしくない。かといって、甘えるつもりもなくて。



 入試の更に二週間後には合格発表があり、無事に受かった郁子は、短大の学生課でもらった入学手続きの書類一式が入った封筒を、自宅に持って帰った。これらは親にやってもらわなければならない。
 すれ違いばかりの母親にどうやって封筒を渡そうか。