「班長やってないのは山中さんちだけだからって言ってるのに、できませんの一点張り。仕事が忙しいって、そんなのみんな一緒だよね。あそこんち子ども会の役員だってやらなかったのに」
「本当よー。それをあげくの果てにお金を払えばいいんでしょう、だって。呆れて物も言えない」
「だいたい忙しいって何に忙しいのやら。郁子ちゃんをほったらかしにして……」

「そのことは」
 修司の母親が声を張り上げるとふたりはびくりと口を閉ざした。聡の存在を失念していたようだ。
「今度の定例会で相談しましょうよ」
「う、うん。そうだね」
「それじゃあ、また」
「お疲れ様です」
 顔をしかめたまま聡の母親はふたりを見送る。背中を向けたそばからまたひそひそと話している様子が聡にもわかった。

「帰ろう。おやつに何か食べようか」
 母親が聡を促す。歩き出しながら聡は奥歯を噛みしめた。郁子の家――特に母親――の評判が悪いことには気がついていた。聡が察しているのだ、郁子はきっと痛いほど感じているに違いない。
 さっきのおばさんたちだって、小さな頃は分け隔てなく近所の子どもたちに接していてくれたはずなのに。子どもだから気づかなかっただけなのだろうか。

 郁子だって前はあんなふうではなかった。おとなしくて人見知りはするけれど、自分からひとりになってしまうような子どもじゃなかった。公園で聡たちが遊んでいると、もじもじしながら視線を送ってきた。
「いっしょにあそぼ」
 呼びかければ、はにかんで頬を赤くしながら仲間に入ってきた。
 数えるほどしか行ったことはないけれど、郁子の家はいつもきれいでいい匂いがして、古くて物が多いだけの聡の小さな家とは大違いで。幸せそうだった。

 しかし傍から見てわかりやすい幸福が本当だとは限らない。聡にだってそれくらいのことはわかる。だから踏み込めない。郁子の何もかもを拒んだような表情を思い出すと、踏み込むことが、できなかった。




 小学校の三年生くらいのときだったと思う。クラスの女子がなにやらこそこそざわついていてヘンだな、とは思っていた。

 放課後。同級生たちとサッカーをしていて転んで膝を擦りむいた。保健室に行くのが面倒だったので水道で傷口の砂を洗い流していたら、正面の渡り廊下の衝立の向こうから話し声が聞こえてきた。

「……からさ、みんなで誰にチョコあげるのかを教えあって、それでちゃんとあげれたか報告しあうの。ね? それなら勇気出せるじゃん」