現代アート的なその空間には、中央に井戸のような、滝のような、とにかく階段状に積まれたレンガがあって、その上から水が流れて、やはり角ばったタイル造りの池へと水が流れ込むようになっていた。

「カスケードっていうんだよ」
 また唐突に汐里が言う。
「ふうん」
 相槌を打ちながら視線を向けてみる。汐里は頬杖をついて背の高い木々のこずえを見上げていた。「話さない?」と誘ったくせにそのまま口を噤んだまま。初めて話した日の雄弁さが嘘のようだ。

「来週体育祭があるの知ってる?」
「……なんの話?」
「だから体育祭。学生自治会主催の」
 ああ、学校の話かと聡は息をつく。あちこちに話題が飛ぶ女だ。
「平日の午後だから授業が入ってないヒトしか参加できないのだけど。いちばん最後にやるクイズで勝ち残ると豪華景品が貰えるのですって」
「ふうん」

 どうでも良い。先程の汐里がしていたように、いちばん背の高い木のてっぺんを見上げてみる。
 四方を建物に囲まれた広くもない人工物の中庭は、空さえも切り取られているように見える。青空だと思って見上げたそばから雲が流れて来て日が陰った。

 隣で汐里がカップの蓋を戻して飲み口を開ける。
「……苦手なんじゃないのか?」
「そうよ。猫舌だから。でもこれ以上冷めたら美味しくないもの」
「……」
 熱いから蓋をはずして冷ます。適温になったから蓋を戻して温度が下がるのを防ぐ。理屈には合っている。
 けれど人の言動はいつも理にかなっているわけじゃない。


     *     *     *


 高校受験に向けての三者面談からの帰り道、母親は残念そうに聡に言った。
「もっと上の学校も狙えるなんてお母さん知らなかった」
「父さんも母さんも自分で決めろって言ったじゃんか」
「そうだけど……いいの?」
「いいよ。近い方が楽だし、公立に行くのが親孝行なんだろ?」
「確かにそうは言ったけど」

 ほうっとため息をつく母親と一緒に自宅への角を曲がると、すぐ脇で近所の主婦たちが井戸端会議しているのにかち合ってしまった。
「あ、坂本さん。ちょうど良かった」
 こんばんはを言うより先に呼び止められて、母親は少し眉を顰める。
「クルマがあるのが見えたから、今、山中さんちに行ってみたんだけどね」
 郁子の家のことだ。先に帰ってしまおうと思っていた聡は足を止める。