「いい。俺がやってやる!」
 有無を言わさず郁子の手から割り箸を奪い取り、むんずとミミズをつまみ上げる。
「十匹くらいでいいのか?」
「うん。なるべく太いやつ」
「おまえさ、ぜんぜん平気なわけ?」
 横でじっと作業を見守っている郁子に、幾分複雑な気分になって問いかける。
「……」
 不思議そうに首を傾げる郁子。聡は小さくため息をついた。
 昆虫や爬虫類の類に強いのは知っていたが、ミミズにまでまったく動じないとは。おとなしげで線の細い外見からはとても想像できない。

 ミミズを放り込んだビンに蓋をしてきちんと新聞紙で包んでから渡してやると、郁子は小さな声でありがとうと言った。ひどく言い慣れない言葉のように。

 聡はそんな郁子を見つめ重々しく口を開いた。
「もうちょっと人に頼ってもいいんじゃねーの?」
 郁子は眉を寄せて聡を見上げる。言われている意味がわからないようだった。
「なんでも自分一人でやろうとするだろ。まず人に頼みごとなんかしやしない。そういうのって傍から見てもどかしいもんだぜ」
 彼女は聡を見上げたまま軽く首を傾ける。
「自分ひとりじゃどうにもならないことって必ずあるはずだろ」
 わかっているのかいないのか、郁子は曖昧に頷いた。



 郁子は人を選ぶ。自分の目で見極めて認めた人間としか付き合おうとしない。それ以外の人間は彼女にとって他人にしかすぎず、友人と呼べる人間はごくわずかに限られていた。
 聡はそのわずかな友人の一人である。そう思ってしまって良いものかどうか悩むところではあるが、郁子は聡に対しては口数が多い節があったのでそういうことにしておいていいかもしれない。

 郁子と聡は、家が近所で学校がずっと同じといういわゆる幼馴染である。そのため、顔を合わせる機会の多い自分を友人の端くれに入れてくれたに違いないと聡は考えていたのだが。
 郁子というヤツは、たとえ付き合いの長い人間に対してもとことん気を許さないヤツなので、聡も認識を改めずにいられなかった。どうやら自分は郁子に気に入られているらしいと。