秋の文化祭に向け学校全体が活気づきはするものの、三年生は自由参加だからクラスメートたちの姿勢には温度差がある。受験組はそれどころではないし、就職組は学生最後のお祭りなのだから楽しみたいと主張する。
 結果、やりたい奴はやればいいという結論に達する。おそらく毎年どこのクラスでも繰り広げられる光景だろう。

「俺のクラスもそんな感じだよ」
 たまたま帰り道が一緒になった聡もそう言っていた。
 幼いころから知っていて今も同じ高校に通っている彼は、部活を引退してから予備校通いで忙しそうだ。こうして話をするのも久し振りな気がした。

 聡はきっと夏休みの間に郁子が修司と付き合っていたことは知らない。幼馴染と呼べる間柄でも、お互いのことをすべて知っているわけではない。
 学校のクラスメートともなればなおさらだ。誰も郁子をわかっていない。それが安心なようにも不満なようにも感じるときがある。だから郁子は自分自身のことがわからない。

「そうだ、またおばさんたち帰りが遅いのか?」
「え……」
「家にクルマが停まってないことが多いって母さん言ってたぞ。郁子ちゃんは大丈夫かって」
「ああ、うん……」
「メシちゃんと食ってるか?」
「食べてるよ。自分の分くらい自分で作れるし」
「なんかあったら、うちに来いよ」
「うん、ありがとう……」

 聡は優しい。その優しさに、郁子はいつも俯きがちになって小さくありがとうを返すことしかできない。
 彼の優しさに触れる度、反対に優しくない自分を思い知る。人に優しくしようと思えない、自分は心が狭い。郁子は自分が嫌になる。

「なんかなくても来いよ。母さん喜ぶから」
 別れ際そんなふうに言って手を振る聡の姿を見ながら思う。もしかしたら。この頭の良い幼馴染は、郁子が思う以上に郁子をわかっているのかもしれない。




 郁子のクラスの文化祭の出し物は、お化け屋敷に決まったようだった。当然のように修司が中心になって賑やかに準備を進めている。
 好きにしろ、と突き放したくせに受験組の一部の男子たちが気に入らない様子で修司を見ていることに郁子は気がついた。