郁子が眠りについて、もう二か月になる。彼女は、いまだ目覚める気配がない。医者は難しい顔で首を振り、両親は疲れたため息をもらした。

　聡は一人、日課のように彼女の病室に通う。時間割通りに授業を受け、することがなくなれば大学からまっすぐ郁子を訪れる。無気力な毎日だった。
　腕に点滴の針を刺し白いベッドに横たわる郁子の頬はやつれ、見るからに痛々し気であったが、眠り続ける彼女の表情は穏やかなものだった。

　ある日突然、彼女は目を覚まさなくなった。大声で名を呼んでも揺さぶっても頬を叩いても反応がない。ただ目を覚まさない。
　精神面に問題があるのではないか。誰でも考えつく質問に彼女の両親がなんと答えていたかは想像がつく。
　いいえ、あの子におかしなところはまったくありませんでした。親や先生の言うことをよく聞く素直でおとなしい子です。何も問題などありません。

　聡にはわかっている。彼女はこの世界が嫌になったのだ。もう、ずっと以前から。


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　高校一年生の頃だった。部活動の時間だったから放課後のことだ。
　陸上部の聡は、ジョギングの足を止め、運動場と校舎の間の庭木の下に蹲る影に目を凝らした。
　よくよく見てみればそれは制服の女子生徒で、何やら一生懸命に右手を動かしている。近づいてみてそれが郁子であることに気づいた。

「何やってんだ？」
　足元にジャムか何かの空き瓶を置いて左手に割り箸を持ち、右手のシャベルで土をほじくりかえしていた郁子は、目を丸くして聡を見上げた。
「ミミズ……」
「は？」
「ミミズ、探してるの」
　なんと言ったら良いかわからなくて、聡は一瞬口ごもる。
「ミミズ？」

「明日の生物の時間に使うから。先生に頼まれたの」
「里中のヤツ、おまえにそんなことやらせてんのかよ」
「教科委員だから」
「普通、こういうことは男子にやらせるだろ」
「うん。誰か男の子に頼めって、先生言ってた」
「……」
「私がやっちゃったほうが早いでしょ」
「あのなあ」
「あ、いたいた。たくさんいる」
　頭を抱えて唸る聡の横で郁子は嬉しそうな声を上げた。