突然の出来事に、体を震わせ悲嘆に暮れる楼夷亘羅(るいこうら)

「楼夷亘羅の心の痛みは良く分かります。ですが、いつまで嘆いても何も始まりません。はたして、そんな事を伊舎那(いざな)は望んでいるのでしょうか?」
「「――そうだ! 頭を冷やせ、楼夷亘羅」」

 前を向いて歩きなさい。そうした意味を込め、楼夷亘羅を説得して正す張・女媧(ちょう・じょか)。その言葉に相槌を打ち、時が解決してくれると語る李・伏羲(り・ふくぎ)炎帝・神農(えんてい・しんのう)

「お前達に、何が分かると言うのだ! 最愛の人を失った気持ち……。何も伝えれなかった想い……。この悲しむ苦しみは、絶対に忘れない!!」
「では、楼夷亘羅はどうして欲しいのです。お金ですか、地位ですか、それとも新たな女性ですか?」

 何を言っても分かろうとしない楼夷亘羅へ、つい失言の言葉が漏れ出てしまう張・女媧。

「……俺は何も必要としていない。ひと言、心の底から謝って欲しかった……。それをお前は、絶対に言ってはいけない言葉を口にした。俺が愛しているのは、今もこれからも伊舎那だけだ……」

 ゆっくりと話す言葉と同時に、こぼれ落ちる雫。遂に、心の糸が切れてしまったのか? 虚ろな顔で空を見上げ、そっと囁いた。

「伊舎那のいない世界なんて、生きている意味がないよ。それにこんな時、伊舎那だったら止めるんだろうけど……。ごめん、俺はもう我慢できそうにないや……」

 ――想い馳せ、とめどなく溢れる涙。震える声と共に、変貌を見せる楼夷亘羅。玉座を見上げ掌へ波動を溜め込むと、大きく息を吐くように叫ぶ。

「我が名の下に、因果を解き放ち、白業纏いて、黒業断つ!」

 低い轟くような声で、詠唱を叫ぶ楼夷亘羅。すると、全身から光輝く粒子のようなものが溢れ出す。さらに、右手を見つめ念じた瞬間、掌から淡く光る波動が具現化した。



「光の波動よ! 弾け飛び、邪悪なる者を打ち倒せ――!! 魔障調伏――!!」

 真言を唱えた瞬間、波動は輝きを放ちながら、勢いよく張・女媧の元へ向かう。

 ――その瞬間!! 

「「――――波動障壁!!」」

 張・女媧の前へ立ちはだかり、光の攻撃を波動で打ち付け弾き返す李・伏羲、炎帝・神農。

「「おい、何の真似だ楼夷亘羅よ! お前は、張・女媧様へ何をしたか分かっているのか?」」
「あぁ、分かっているとも! 張・女媧が伊舎那へしたような、それと同じ事をやっているのさ。俺達を駒のようにしか思ってない、お前達をな――!!」

 その状況に、掌を強く握りしめる楼夷亘羅は、悲しみ纏う表情で言葉を放つ。

「何故この様なことをしたのか、私は残念でならない。あなたの行為は反逆罪に匹敵します! 見逃してあげたいのは山々ですが、戒律のため仕方ありません……。――伏羲! 神農! 楼夷亘羅を捕まえなさい!」
「「はい、張・女媧様!!」」

 眼前を掌で覆い、切なげな顔で2人へ指示を出す張・女媧。その命令に従い、すぐさま左右から取り囲み詠唱を行う。 

「オン・マカキャラヤ・ソワカ!! ――ひれ伏せろ!!」
「ナウマク・サマンダ・ボダナン・ボラカンマネイ・ソワカ!! ――跪け!!」

「――ぐっ、離せ。伏羲、神農!」

 2人は禁縛によって、楼夷亘羅を地面へと押さえつける。その攻撃は、まるで重力が体へ重く圧し掛かるような光景だった。そうした状況を、そっと見つめる張・女媧。いたたまれない想いからか? 玉座から腰を上げ、ゆっくり歩み寄る。

「もう、この世には居ないというのに……。私の傍よりも、伊舎那といたいという事ですか……?」
「――ぐっ、ぅう。先程から何を訳の分からないことを!」

 楼夷亘羅の前へしゃがみ込み、含みを込めた言葉で悲しみ囁く張・女媧。

「「おっ、おい! 張・女媧様が話をしている最中だジッとしていろ!」」

 動き悶える楼夷亘羅を必死で押さえつける李・伏羲と炎帝・神農。

「分かりました。そのせめてもの願い、叶えて差し上げましょう。でも、その前に……」

 何かを決断する張・女媧は、左右の掌を楼夷亘羅の両肩へ軽くのせ、想い呟いた。

「私としては、この様な事はしたくありません。ですが、先程と同じく、一対一で争うような事になれば……。楼夷亘羅もわかるでしょう」
「――ぐっ、ぅう。だっ、だから、何が言いたい」

 少しだけ顔を上げる楼夷亘羅は、うつ伏せの状態で微かな声を漏らす。

「ですから、私には楼夷亘羅のような素晴らしい才能は無いという事です。そうした意味から、本気で戦えば貴方に分があるのは当然のこと。力でねじ伏せることなんて出来ません。だから、この能力を使うことを許してください……」
「――!? いっ、一体何を!」

 楼夷亘羅のような戦闘センスはないけども、能力吸収と付与の力といった威光があると語る張・女媧。

「ジッとしていれば、それほど痛みはありません。しかし、抗えば身体全体へ苦痛が伴いますよ。――では行きます! ――オン・バラバザラ・ソワカ!!」
「ぐぅっ、ぁぁぁあ!! ――ちっ、力がっぁぁあ!! やっ、やめろ! この力がなければ、彷徨う伊舎那の魂を探す事が出来なくっ、――ぐっ、うぅぅ、伊舎那……」

 張・女媧が詠唱を行うと、身体から粒子のようなものが右手へ吸い込まれていく。苦痛に耐えかね悶え苦しみ声を荒げる楼夷亘羅。地面に敷き詰められた敷石を、爪が裂けるまで掻きむしる。

「もう少しの辛抱です。それに、そんなにも悲しむ必要はありません。何故なら、今まで以上の見合う力を与えてあげるというもの。あと僅かだけ我慢して下さい。では、今一度! ――ノウマク・サマンダボダナン・ビシッダベイ・ソワカ!!」
「ぐっ、うぅぅ――――!! あぁぁ――――!! 今度は何をしたぁ……」

 先程と違い、今度は左手から赤く光る粒子が身体へ溶け込んでいく。すると、再び苦痛の表情を浮かべる楼夷亘羅。それはまるで、電撃を浴びているかのように、身体を何度も揺れ動かした。

「――もういいでしょう。吸収と付与は終わりましたから、あとは直に身体が慣れるのを待つだけです。酷とは思いましたが、楼夷亘羅が望んだ永遠の命。その不死があれば魂を幾らでも探す事が出来ます」
「……ぐっぅ、ぅう。――おっ、俺はそんな力など望んではいない!」

 血の気が引いた状態の楼夷亘羅。声を震わせ、謝罪の言葉が欲しかっただけだと伝える。

「――ですが? 先ほど、楼夷亘羅が望んだではありませんか? 魂を探す事が出来なくなると……。だから、私は良かれと思い……」
「お前から譲り受けた能力など要らぬ!! この力で魂を探しても、伊舎那は喜びなどしないだろう」

 張・女媧は悲痛な面持ちで問うも、その声は届かず想いはすれ違う。一方、ひれ伏した状態の楼夷亘羅は唇を噛みしめ、やっとの思いで言葉を放つ。

「あくまでも……。生者より、死者を選ぶという事ですね……」

 心の想いを内に秘め、決して分かり合えない想いを嘆き囁く張・女媧。

「貴方の想いは良く伝わりました。……これ以上は、何を言っても駄目でしょうね。 ――伏羲! 神農! 楼夷亘羅を暫く牢へ幽閉しておいて下さい。時が経てば、何か変わるかも知れません……」

「「はい、分かりました張・女媧様!!」」

 張・女媧の命令に、2人は軽く頭を下げ頷くように返事する。

「――しかし、何とも哀れな奴だ……。のう、楼夷亘羅よ! 大人しく従っていればいいものを、これも全て自分で撒いた行いだ。残念だが、我らにはどうする事も出来ん」

 李・伏羲、炎帝・神農は、楼夷亘羅を上から見下ろし、憐れみの表情を浮かべた……。