そのような光景を傍で見つめる吒枳(たき)は驚きを見せる。金剛鈴(こんごうれい)と違い、本来の状態から形状を変える2つの法具。どうして、三鈷杵(さんこしょ)独鈷杵(とっこしょ)のみが状態を変化させる事が出来るのだろうか? 理屈は分からないが、三鈷杵は錠光(じょうこう)。独鈷杵は月光(がっこう)。千年前の人物である2人が、想いの力からなる伝説の法具を生み出したとされる。



 気になる力は如何ほどのものか? 通常の法具と同等、もしくは倍。いや、それ以上であることは事実。計測は不可であり、計り知れないもの。そこまでの代物だと、扱う2人は理解していないだろう。そうした眩い輝きを放つ黄金の独鈷杵。変形後の名を弓鈷杵(きゅうこしょ)という。

 その顕現された円弧状の法具を手に持ち、上空の炎弾へ狙いを定める伊舎那(いざな)。両端に張り巡らせた光の弦を、ゆっくりと指先で手繰り寄せてゆく。素早く且つ慎重に照準を合わせるも、初めてのためか? 少しばかり緊張気味に真言を唱える。

「『天に舞う散りゆく華のように、空を彩る一射となれ。――天華(てんげ)!! 千射万箭(せんしゃばんせん)――!!』」



 伊舎那の手元から駆け抜ける一射の光矢。千本万本の矢となり、上空へ弧を描き無数の輝きが炎弾に降り注ぐ。そこから放たれた光の矢は、穢れ染まった不浄な炎を浄化の如く一掃した。

「『すっ、凄いじゃん伊舎那!!』」
「『――でっ、でしょ!』」

 それは刹那の出来事。思わず上空から呼び掛ける楼夷亘羅(るいこうら)。その言葉を受け、唖然とした姿で我に返る伊舎那。ふと、周囲の状況を何度も確かめる。ひょっとして、掃滅させたのは偶然だったのか? 弓鈷杵を見つめ驚きの表情を浮かべていた。

 どうやら、事の次第を本人すら分かってない様子。けれど、払い除いたのは紛れもない事実。そうした援護の甲斐もあり、劣勢から一変して優勢に転じ救われる。――だが、それで終わりではない。疲れを知らない海龍鬼は、再び無数の炎弾を放ち火力を増して襲い掛かる。 

 一難去ってまた一難といった感じであろうか? 間髪入れずに新たな攻撃を仕掛けてくる海龍鬼。形勢逆転の状況は、つかの間の喜びである。さりとて、臆する事をしないのが伊舎那の良いとこであり、長所と呼べる性格。

 その諦めない想いが法具の力を増大させ、金色(こんじき)に光る輝きを魅せる。ほどなくして、矢継ぎ早に(素早く)2射目の弦を手際よく引き寄せる伊舎那。決戦にけりをつけようとしたのか? 狙いを炎弾ではなく、海龍鬼へ照準を合わせる。

「『行くわよ!! ――天華(てんげ)!! 千射万箭(せんしゃばんせん)――!!」』」

 真言を簡素化して、少しばかり矢の放つ瞬間を早めたせいか? 一射は勢いよく飛んでゆくも、上空で安定を失い揺らめき動く。しかし、どうにか技の発動は無事行えたようだ。()めがないにもかかわらず、無数に広がりを見せる光矢。

 ところが――。 

「『――うわぁっ!! 何してんのさ!?』」

 一射から形状を変化させた無数の矢。上空へ鮮やかに乱れ散るも、その1つが突如として楼夷亘羅へ襲い掛かる。とはいえ、寸前のところで身を反らした事により、難なく頬をかすめ飛んでゆく。



「『ごめんね、楼夷(るい)!! 少し焦って撃っちゃたみたい。次は大丈夫だから任せて!』」

 心配そうな顔で見つめる楼夷亘羅。そうした素振りに対して、同じ事は2度もしない。そのように言い張り、可愛く微笑みながら伝える伊舎那。

「『まぁ、伊舎那がそう言うなら仕方ないね……』」

 余りしつこく詮索すれば、後でどうなるか……? その事を十二分に理解している楼夷亘羅。とやかく言わず素直に従う。 

「『本当にそうなの……?』」

 これに反してというべきか? 伊舎那の傍で結界を張り巡らす吒枳。不安げな様子で呟き、成り行きを窺う。

 そうしたやり取りの中――、即座に3射目の弦を手際よく引き寄せる伊舎那。流石に順応したのか? 手慣れた様子で真言を唱える。

「『「天に舞う散りゆく華のように、空を彩る一射となれ。――天華(てんげ)!! 千射万箭(せんしゃばんせん)――!!」』」

 鮮やかに舞い散る一射の光矢。無数の輝きを放ち、炎弾に向けて空を駆け巡る。――しかし!!

「『――うわぁっ!!』」

 二度あることは三度ある。やはり最初の一射は偶然であったか? 炎弾を狙ったつもりの伊舎那であるが、再び楼夷亘羅の頬をかすめ飛ぶ。

「『ほっ……』」

 同じ光景を2度も見せつけられ、安堵の表情を浮かべる吒枳。その顔から察するに、言いたいことは何となく分かる。余程のことがない限り、渡し船へいれば安全であるということ。

 2度の誤射について見解を述べれば、真言を簡素化したことに影響はないだろう。つまり、原因はなにか? それは単純明快な答えである。法術に長けた伊舎那も、法具の扱いは不得意といえる。いや? 付け加えるなら、ずば抜けた剛腕の持ち主。体術は得意であるかも知れない……。

 どちらが危機的要因なのか? そう疑問に思う楼夷亘羅。炎弾から距離をとりつつ上空を舞っていると――。

「『グゴォッ――ッ!! ォォォッッ!!』」



 ――突如として暴れ出す海龍鬼!! 先程まで淡々と炎弾を放っていたが、一変した様子で炎を乱れ放つ。一体、どうしたというのか? 

 そうした状況に、事の次第を見定める楼夷亘羅であった……。