引き続き、当時の楼夷亘羅(るいこうら)を詳しく説明する処世(しょせ)。2人の言葉には相違があると話す。

「『そんな事はないんじゃよ。ここへ来た当初は、それはもう酷いもんじゃった。常に心を閉ざし、見るもの全てが悪のような目で見ておったからのう。こうして楼夷亘羅の笑顔が見れるのも、君達2人のお陰じゃな。本当に感謝しているよ』」

「『――そんな大僧正様。私どもに感謝だなんて、もったいないお言葉です』」
「『そうです。僕なんか逆に、楼夷亘羅には感謝すらしています』」

「『そうであったか……。楼夷亘羅にもようやく、心の支えとなる良き友達が出来たということじゃな』」

「『いいえ。いつも支えられているのは、私の方です。辛い時には、傍で励ましてくれて。悲しい時には、そっと隣で慰めてくれる。そんな想いを、楼夷(るい)は与えてくれます』」
「『僕も同じ気持ちです。友達のいなかった自分を、大事な仲間として迎えてくれて、いつも明るく接してくれた。そして、どんな悩みも嫌な顔一つせず、真剣に聞いてくれる。とても素晴らしい友達です』」

 優しく笑みを浮かべ呟く処世。その言葉に、2人は掌を胸へ当て壇上の大僧正へ想いを伝える。

「『――それと、大僧正様! 1つ言い忘れた事があるのですが?』」
「『――んっ! 一体、なんじゃ?』」

 不意に問い掛ける言葉へ興味を抱き、それは何事か? そのような素振りを見せる処世は、身体を前のめりにさせ聞き耳を立てる。

「『はい。大僧正様が知っている楼夷亘羅は、悪戯好きだったと思います。ですが、先ほど見たように従順だったのは、伊舎那(いざな)さんの躾があったから。人は想いやきっかけで変われるのだと、深く感激している次第です』」
「『そっ、そうか吒枳(たき)……。教えてくれて、すまないな』」

 すると、何かの殺気を感じたのか? ゆっくり首を傾けると、伊舎那が虫を見るような目で鋭く睨む。その光景に、身の毛がよだつ思いの吒枳。すぐさま視線を逸らし遠くを見つめる。

「『し・つ・け、ですって? 吒枳くん。何か不快な言葉が聞こえたような。先ほどの台詞は私の気のせいでしょうか?』」
「『――うぅっ。いっ、いぇ。そうではなく、愛情を持って接したのが良かったのでしょう……。そっ、そのように言いたかったのですよ。あはは……。はは……』」

 額に着いた冷や汗を指先で拭い去り、先程の言葉は冗談だと訂正する吒枳。しかし、冷たい視線は暫くの間ずっと続く……。

「『まぁ、どんな経緯で楼夷亘羅が今のようになったのかは、何となく理解ができた。やはり、少なからず君達2人の影響だと儂は思っておるよ。じゃから今後ともよろしく頼む!』」
「「『はい、大僧正様。楼夷亘羅の事ならお任せください!』」」

 伊舎那と吒枳のやり取りを苦笑いしながら見つめる処世。これからも楼夷亘羅を支えてやってくれと、少しばかり頭を下げる。その想いを受け取り、深々と頭を下げ跪く2人。

「『2人共、本当に跪かんでもよい。大事な話しで少し長くなるから、儂と同じように座って、じっくりと聞いて欲しい』」
「『はい。大僧正様がそう言うのであれば……』」
 
 跪く2人の光景に、座っていた椅子から腰を上げる処世。階段を下り目の前まで歩み寄ると、ゆっくり石畳の床へ足を崩す。そうした状況を目の当たりにして、驚きを隠せないでいた伊舎那と吒枳。大僧正様が地面へ伏せるなんて……。そんな風に呆然とするも、同じようにその場へ座り込む。

「『実は……。楼夷亘羅を街で見つけたのは、偶然ではないのじゃ!』」
「「『偶然ではない……?』」」

 楼夷亘羅と初めて会った事を語りだす処世。その時の状況を思い馳せながら、2人へゆっくり話し掛ける。すると、真意が理解出来ないでいた伊舎那と吒枳。予想外の言葉に、一驚して顔を見合わせる。

 それもその筈だ、楼夷亘羅からは偶然。処世からは偶然ではない。どちらの言葉がが正しいのか? 意見の食い違いに翻弄された。 

「『そうじゃ。少しだけ長くなるが、聞いてくれ!』」
「「『わっ、分かりました!』」」

 2人を見つめる処世は、ゆっくりと口を開く。

「『それは、ずいぶんと昔の話しじゃ。ある時、儂はお告げによって導かれた。それは、天が暗闇に覆われる時、光輝く者、天上を照らし天界を救う。左手に救世の梵字が浮かぶ者この世に現れると……』」

「『お告げ……?』」
「『梵字……?』」

 導きの言葉を、神妙な面持ちで話す処世。伊舎那はお告げの言葉を不思議そうに呟き。吒枳は梵字の内容を興味津々に聞く。

「『そうだ。その者は光を自在に操り、全ての世を安寧に導く王なり。今この瞬間にどこかの大陸へ誕生するだろうと……』」



 その者は、休息をとっている処世の前へ突然現れたという。それは深夜の暗闇にも関わらず、部屋の中を真昼のように明るく照らす。そうした光景を不思議に思い、首を後方へゆっくり傾ける。すると、枕元に神々しい光を放つ何者かが現れた。

 処世は顔を確認しようと試みるも、眩い輝きに遮られ表情を見る事は残念ながら出来なかった。やがて、淡々と語る口からは一切の言葉など話さず、脳裏へ直接話しかけてきたという。

「『その出来事に驚く儂は、暫く内容を理解出来ずにいた。しかし、お告げの主は、言葉を休める事なく淡々と話し、最後に一言……。早急に探し出し覚醒させて欲しい。――そう意味深な言葉を残すと、消えていったのじゃ』」

 処世が語る意味深な言葉とは……。
 ――我は過去世・現在世・未来世(あらゆる時間とあらゆる空間)を治め、安寧へと導く三世の諸仏である。この天界に、不穏な空気が近づいている。早急に手を打たなければ大変な事になり、この天界を失う事になるだろう。そう伝えると、部屋の中は元の静まり返った暗闇に戻る。

「『大僧正様、それは秘めたる力を引き出すとされる文字のようなものですか? 修練次第で天部やそれ以外の聖者にも備わるという』」
「『おぉ、そうじゃ! 吒枳はよく知っておるのう。その梵字には真言という言葉があり、唱える事で言霊のように力が現れるのじゃ』」

 梵字とは一体、何なのか? それは神から与えられた聖痕のような証であり、厳しい修練によって生み出されるもの。修行を積んだからといって、容易く手に入れる事など出来ない。そして真言は魔法の呪文に似た性質を持ち、詠唱によってその力を発揮させる。その梵字に付随する真言は、言葉1つで人々を救い魔を払う。

「『何となく話の流れで分かってきたのですが、僕達と一緒にいる人物……。それが導きの王、楼夷亘羅という事なのでしょうか?』」
「『――もしかして、私のずっと傍にいた楼夷亘羅が!?』」

「『察しがいいな2人共。その通りじゃよ。いつも一緒にいる楼夷亘羅こそが、この天界を救うであろう光の加護を宿した人物なのじゃ!』」

 ――突然、処世から伝えられた言葉の真意。

 伊舎那は驚いた顔で唖然とするも、吒枳はやっぱりという表情を浮かべ、そんなにも驚いてはいなかった。何故なら、ずっと行動を一緒にしてきたからこそ分かる。楼夷亘羅は婆羅門へ入門するや否や、あっという間に天部へ昇格したり、修練や詠唱を難なくこなしていたからだ……。