状況をようやく理解した指導者の永華(えいか)は、申し訳なさそうに吒枳(たき)へ話し掛ける。

「『――本当にごめんなさい、先生の勘違いだったわ! 何度も叱ってしまって、吒枳くんには何てお詫びしたらいいのか……』」
「『せっ、先生。僕の事なら大丈夫です。誤解が説けたのなら、それだけで十分ですから』」

 吒枳の前へ跪き、身体を両手でそっと抱きしめる永華。その表情は先程までと違い、鬼のような形相から仏の顔つきへ次第に変貌を遂げる。

 そのような様変わりした姿で、謝罪の言葉を何度もかける先生。そうした状況に驚きを隠せない吒枳であったが、ようやくこの奇妙な件が解決した事に胸をなでおろす。

「『まぁ吒枳くんは、なんて謙虚な子なの! それに比べて、今の今まで黙っていた、こちらが本当の(わん)さんという事でいいかしら?』」 

 掌を吒枳の頬にそっと当てる永華は、慈しむような表情で呟く。それから暫くして、この騒動の元凶を思い出し、ゆっくり顔を楼夷亘羅(るいこうら)へ向ける。

「『では、本当の(わん)さん。これから説教部屋でゆるりと、お話しでもしましょうか? ――うふふっ、とても楽しみだわ!』」
「『――うっ、先生……。お手柔らかにお願いします』」

 永華はニヤリと奇妙な笑みを浮かべ、最後にぽつりと言葉を呟いた。その表情を窺い、引き攣った顔で固唾を呑む楼夷亘羅。ほどなくして、何処かへ連れていかれるのであった……。


「『あのぉー、初めまして。伊舎那(いざな)さんでしたっけ? 先程は本当にありがとうございました』」
「『いいのよ、お礼なんて。もっと早く、こうしていればよかったわね』」

 お辞儀を1回する吒枳は、誤解を解いて貰ったお礼を述べる。

「『もっと早く……?』」
「『えぇ、実は前から知っていたんだけど。楼夷亘羅が私のためにって、無憂樹。沙羅。蓮華。様々な種類の花を毎日、持って来てくれていたの。そのような事情で、中々言い出せなくて……。そうしたら、今日なんか菩提樹の実まで持ってきちゃったもんだから、このままじゃいけないと思って』」

「『なるほど、そういう理由でしたか』」
「『でも、だからといって、あの子を憎まないでやって欲しいの。本当は純粋無垢で優しい人、私にも原因があるんだから……』」

 事情を聞き入れ内容を理解する吒枳。元はと言えば、そうした想いが今回の原因。自分にも少なからず責任があるのだと、切なげに話す伊舎那。

「『そんな、憎むだなんて滅相もない! ハッキリと先生へ伝えなかったのが原因なんですから。それに、そこまで尽くしてくれる人がいるなんて羨ましい限りですよ。僕なんか、誰かを好きになった事なんて、生まれてこの方ないですからね!』」
「『――えっ! 楼夷亘羅が私のことを好き? それは、なぃなぃ。 あの子は、お世話係をしているだけなのよ。そんな感情なんて、あるわけないじゃない!』」

 意味ありげな吒枳の言葉に、掌を何度も大きく振る伊舎那。少し頬を赤く染め動揺した表情を見せる。

「『そうですか、楼夷亘羅さんが伊舎那さんを見つめる目。どことなく、何か特別なものを感じたように思えましたが? あれは、僕の勘違いなのでしょうか……』」
「『そう、そう! 勘違いよ。楼夷亘羅は少し天然なとこがあるからね。そのせいじゃないかしら?』」

「『本当にそうかな……? 僕は周りから感情がないとよく言われます。また、そのような事が理由なのかは分かりませんが? 友達と呼べる存在もおらず、誰1人として寄って来た(ためし)はありません。けれど、相手の感情は良く分かっていたはず……』」
「『もっ、もういいから! その話は、よしましょう。――ところで吒枳くんがいいのであれば、この機会に友達にならない?』」

  不可解な面持ちで、何度も首を傾げる吒枳。幾度となく繰り返す言葉に、顔を赤らめ別の話題へすり替える伊舎那。初対面でありながらも、唐突な話しを持ち掛ける。

「『はい、別に構いませんが? ですが……。根暗な僕といると、楼夷亘羅や伊舎那さんが、他の天界人から除け者にされてしまいますよ。それでも大丈夫ですか?』」
「『もちろんよ! 私の事なら大丈夫。それに、楼夷亘羅も小さな事なんて気にしないから、もっと大丈夫!』」

「『それなら良かった。では、改めて! 王・吒枳(わん・たき)と申します。どうぞよろしくお願いします』」
「『私の名は、伊舎那! こちらこそ、よろしくね。――じゃぁ、せっかく友達になれたんだし、親しみを込めた名で呼び合いましょうか?』」

「『分かりました。特に希望する名はありませんので、何でも構いませんよ』」
「『じゃぁ、私が勝手に決めちゃってもいいかしら?』」

「『はい、お気になさらず、お好きなように』」
「『じゃぁ、遠慮なく決めちゃうね。――えっと、楼夷亘羅はこの際だから楼夷(るい)でいいとして。王・吒枳(わん・たき)くんは、姓だと犬のようだから、吒枳くんでいいかしら?』」

 独断と偏見で一方的に決める伊舎那。 

「『はい、僕はそれで大丈夫です。その方が、今回のように間違いがなくていいですね』」
「『良かった、気に入って貰えて!』」

「『ですが……。楼夷亘羅へその事を聞かなくて、問題ないのですか?』」
「『大丈夫よ、私の言う事なら何でも聞くから。じゃぁ、それで決まりね!』」

 満足げに語る伊舎那。楼夷亘羅の許可を得ることなく、勝手に決断するのであった……。