数週間後

 俊介が自宅へ戻ってきて、父親も出張から戻り四人家族での生活がまた始まっていた。

「兄ちゃん!今日いつ帰ってくる?」
「あー、今日は遅いから」

 いつも通りのバタバタした朝に俊介の明るい声が響く。
素っ気なく答えると俊介は「そっかー」と残念そうに言った。心臓が悪いから外に出て遊ぶことが出来ない。つまり、学校で友達が出来てもどこかへ行って遊ぶということが出来ないのだ。小学校低学年ほどの子供ならば外で遊ぶことの方が多いのに。
 だから家で俺とゲームがしたいのだろう。

 俺は一度向けた背をぴたりと止めて、俊介に向き直る。

「講習あるんだ。明日なら少し早く帰れると思う」
「本当?!やった、ありがとう!」
 父親も「良かったな」と俊介の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

「お父さん、この間のお土産ありがとう。それなりに美味かった」
「…あ、そうか。そうか!なら、次の出張もたくさん買ってくるよ」
「いや、いいよ。大量だと食べきれない」
「大丈夫!僕食べられるよ」
 初めて“お父さん”と呼んだことに酷く驚いているようだったが、その後すぐに目を細め、目尻に皺を作るほど嬉しそうに笑っている。

 俺は少しずつだけど、前に進んでいる。
俊介がランドセルを背負って玄関先に向かう。俺もそのあとに続くように足を進めると、目の前にお守りが落ちた。俊介のランドセルにぶら下がっているものだ。

「これ、落ちたよ」
「あ!危ない危ない、それ宝物なんだ」

 俊介はそう言うと直ぐにお守りを拾って俺に自慢げに見せつけてくる。
黄緑色の至って普通のお守りだ。
 母親がそれを見て思い出したように言う。

「それって五稜郭病院に少しだけ入院していた時にお姉さんからもらったのよね?」
「そう!売店で会ったお姉さんからもらった!すぐに違う病院に移ったからちょっとしか喋ったことないけど」
 俊介はおもむろにお守りの中を取り出す。お守りの中身を見せたいのかと思ったが違うようだ。明らかにお守りの中身とは別の紙を見せる。
そこには

 “早く元気になりますように”と可愛らしい字で書かれてある。そして最後には四葉のクローバーのマークが書かれてある。

「…っ、これ、」
「どうしたの?」
「名前は?それ、誰から…」
「分からないんだ。名前はわからないけど、売店で何回か会話したくらいなんだけどすっごく優しいお姉さんだった!これ見ると元気が出るんだ」
「俊介、五稜郭病院に入院していた時期があったんだ」
「そうよ、二か月もなかったけど。それがどうしたの?」

 俺は何でもないといった。
この字は間違いなく詩の字で、彼女は最後にクローバーのマークをつける。
つまり、これを渡したのは詩だ。

 詩は俺の弟の話が出たときどこの病院に入院していたのか訊いてきた。
それはもしかすると、あの時出会った少年が俺の弟だと何となくわかっていたのではないだろうか。五稜郭病院に入院していたことを知らなかった俺は直ぐに否定していたが、もしかしたらという思いがあったのではないか。
「兄ちゃん、どうかしたの?」

 再度、俺は何でもないよと言った。
 彼女はたくさんの幸せを残してくれたのだ。
俺はいってきますと言って力強く一歩を踏み出して家を出た。




END