”詩”と名前が書かれてあるすぐ隣にクローバーが書かれてあった。
読み終えると、昨夜あれほどまで涙を流したというのに…涙は止まることを知らない。
とめどなく溢れる涙が詩の残してくれた便箋を汚さないようにすぐに手紙を元の状態へ戻してそれからまた泣いた。
詩の手紙には詩のいないであろう未来を生きていく俺への励ましと俺への思いが綴られていた。俺だって大好きだよ。昨日消える直前まで彼女へ自分の気持ちを伝えたつもりだったが足りない。全然足りないのだ。
少し落ちついてから階段を下りてリビングルームにいくとエプロン姿の母親が既に化粧を終えた状態で食器を片づけている。
ダイニングテーブルの上には出来立てのご飯と目玉焼きなどいつもの朝食が並ぶ。
母親が振り返り、「おはよう」と挨拶をするが俺の泣き腫らした顔を見てすぐに駆け寄ってくる。
「どうしたの?その顔、何かあったの?」
「いや、何もない」
「…目、真っ赤よ」
「映画観て。昨日」
「どんな?」
疑いの目を向けられても本当のことなど言えるはずがない。でもこれ以上心配をかけるようなことは言いたくはなかった。俺は適当に泣けるといわれている映画の名前を出した。
完全に信じているわけではないが、母親は「そう」と言って俺の正面に座る。
俺も椅子を引いてその場に座る。いただきます、と言って食べ始めるが食欲何て全くない。
むしろ吐きそうだった。いつも一緒にいたはずの詩がいない。喪失感で箸を持つのもだるくて何もする気が起きない。
「ねぇ、蒼に話してなかったんだけど。あの子、来たのよ」
「あの子?」
俺は目線を上げた。
母親は目玉焼きに醤油を掛けながら続けた。
「ほら、前に家に来ていた女の子よ。あの子、あなたが外出中にちょうど家に来てね。蒼はいないって伝えたら、今日は私に会いに来ましたって。びっくりして。鈴村詩さんだっけ?とっても礼儀正しくて、言葉遣いもちゃんとしていて。きっときちんとしたご家庭で育ったのね」
俺は思わず立ち上がっていた。ガタっと椅子が大きな音を立てる。それに驚く母親は一度言葉を止めた。
「どういうこと?詩が来たの?」
「そうよ。次に蒼に会ったときに話そうと思っていたのに忘れていたわ。それに詩ちゃんは私に会いにきたっていうから」
「何を話したの?」
「どうしたのよ、そんなに興奮して。いいから座りなさい」
母親に制され俺は椅子に座る。しかし、前のめりになっている状態は変わらない。
「何って…蒼とは友達だっていうことと、それから…蒼のこともっと見てあげてほしいって。急に一度しか会っていない子にそんなこと言われちゃ、大人げないけどイラっとしたの。でもね、あまりにも一生懸命にそういうものだから…。確かにお母さん、俊介のことばかりで蒼のことちゃんと見てあげられなかったなって。何故かあの子、突然問題を出してきて。蒼の得意な教科とか、好きな食べ物とか…さすがに好きな食べ物は正解したけど得意な教科については答えられなかった。それで気づいたの、お母さん失格ね」
「…別に、そんなこと、」
詩は俺のいないところで俺のために最後まで行動をしてくれた。
学校での立ち回りだってそうだった。俺の為だった。
母親はふっと力を抜いた柔らかな笑みで言った。
「きっと、あの子蒼のこと好きよね?じゃないとあんなこと言わないもの。蒼もでしょう?」
俺も自然に笑っていた。
うん、そうだよ。そう言って。
学校へ向かう足取りはいつもより、ほんの少し軽い。
空を見上げた。詩はもうない、あの空の向こうに彼女はいるのだろう。
それでも俺は生きなければならない。
そうじゃないと詩に怒られるだろうから。
“見張っているって言ったでしょ?”
そう言って腰に手を当て俺を全く怖くない顔で睨みつけるのだ。
想像するとやっぱり俺は笑っていた。
彼女のいない世界はちっぽけでつまらない。でも、そんなちっぽけでつまらない世界で俺は俺らしく、少しずつでも成長しながら生きていく。そうすれば詩はきっと向こうで笑ってくれると思うから。
“大丈夫、きっと大丈夫だよ”
詩の声が聞こえた気がした。
読み終えると、昨夜あれほどまで涙を流したというのに…涙は止まることを知らない。
とめどなく溢れる涙が詩の残してくれた便箋を汚さないようにすぐに手紙を元の状態へ戻してそれからまた泣いた。
詩の手紙には詩のいないであろう未来を生きていく俺への励ましと俺への思いが綴られていた。俺だって大好きだよ。昨日消える直前まで彼女へ自分の気持ちを伝えたつもりだったが足りない。全然足りないのだ。
少し落ちついてから階段を下りてリビングルームにいくとエプロン姿の母親が既に化粧を終えた状態で食器を片づけている。
ダイニングテーブルの上には出来立てのご飯と目玉焼きなどいつもの朝食が並ぶ。
母親が振り返り、「おはよう」と挨拶をするが俺の泣き腫らした顔を見てすぐに駆け寄ってくる。
「どうしたの?その顔、何かあったの?」
「いや、何もない」
「…目、真っ赤よ」
「映画観て。昨日」
「どんな?」
疑いの目を向けられても本当のことなど言えるはずがない。でもこれ以上心配をかけるようなことは言いたくはなかった。俺は適当に泣けるといわれている映画の名前を出した。
完全に信じているわけではないが、母親は「そう」と言って俺の正面に座る。
俺も椅子を引いてその場に座る。いただきます、と言って食べ始めるが食欲何て全くない。
むしろ吐きそうだった。いつも一緒にいたはずの詩がいない。喪失感で箸を持つのもだるくて何もする気が起きない。
「ねぇ、蒼に話してなかったんだけど。あの子、来たのよ」
「あの子?」
俺は目線を上げた。
母親は目玉焼きに醤油を掛けながら続けた。
「ほら、前に家に来ていた女の子よ。あの子、あなたが外出中にちょうど家に来てね。蒼はいないって伝えたら、今日は私に会いに来ましたって。びっくりして。鈴村詩さんだっけ?とっても礼儀正しくて、言葉遣いもちゃんとしていて。きっときちんとしたご家庭で育ったのね」
俺は思わず立ち上がっていた。ガタっと椅子が大きな音を立てる。それに驚く母親は一度言葉を止めた。
「どういうこと?詩が来たの?」
「そうよ。次に蒼に会ったときに話そうと思っていたのに忘れていたわ。それに詩ちゃんは私に会いにきたっていうから」
「何を話したの?」
「どうしたのよ、そんなに興奮して。いいから座りなさい」
母親に制され俺は椅子に座る。しかし、前のめりになっている状態は変わらない。
「何って…蒼とは友達だっていうことと、それから…蒼のこともっと見てあげてほしいって。急に一度しか会っていない子にそんなこと言われちゃ、大人げないけどイラっとしたの。でもね、あまりにも一生懸命にそういうものだから…。確かにお母さん、俊介のことばかりで蒼のことちゃんと見てあげられなかったなって。何故かあの子、突然問題を出してきて。蒼の得意な教科とか、好きな食べ物とか…さすがに好きな食べ物は正解したけど得意な教科については答えられなかった。それで気づいたの、お母さん失格ね」
「…別に、そんなこと、」
詩は俺のいないところで俺のために最後まで行動をしてくれた。
学校での立ち回りだってそうだった。俺の為だった。
母親はふっと力を抜いた柔らかな笑みで言った。
「きっと、あの子蒼のこと好きよね?じゃないとあんなこと言わないもの。蒼もでしょう?」
俺も自然に笑っていた。
うん、そうだよ。そう言って。
学校へ向かう足取りはいつもより、ほんの少し軽い。
空を見上げた。詩はもうない、あの空の向こうに彼女はいるのだろう。
それでも俺は生きなければならない。
そうじゃないと詩に怒られるだろうから。
“見張っているって言ったでしょ?”
そう言って腰に手を当て俺を全く怖くない顔で睨みつけるのだ。
想像するとやっぱり俺は笑っていた。
彼女のいない世界はちっぽけでつまらない。でも、そんなちっぽけでつまらない世界で俺は俺らしく、少しずつでも成長しながら生きていく。そうすれば詩はきっと向こうで笑ってくれると思うから。
“大丈夫、きっと大丈夫だよ”
詩の声が聞こえた気がした。