お互い息を切らすことなく、元町公園に到着した。
階段を上ったところから函館山と海が見える。とはいっても、日中ではないから照明等で照らされている場所以外は真っ暗で良く見えない。
 詩は背伸びをするように両手を伸ばして笑っていた。

「素敵だね、夜に来るなんて絶対出来なかったもん。全部がいい思い出だ」
「そう言ってもらえて何よりだよ。そうだ、橋本さんが言ってたよ。楽しかったよって」
「本当?嬉しいな、ありがとうって言っておいて。もう…二度と会うことなんかないんだけどね」

 詩にしては珍しく投げやりというか諦めというか悲嘆しているように思った。

 空を見上げた。
星がきれいに自らの存在を示すように輝いている。
 とても綺麗だと思った。夜空を見上げて心の底からこんなにも綺麗だと思ったのは初めてだった。思い返せば、詩と過ごすうちに、綺麗なものを綺麗だと思い、美味しいものを食べて美味しいと感じて、当たり前のことに感謝するようになった。

 そして何より時間が有限であることをこんなにも実感することなど今までになかった。

「詩、…俺、詩と一緒に過ごせて本当に良かったと思ってる。本当に…ありがとう」

 詩は俺に顔を向け、「私の方だよ、感謝してもしきれないのは」と言った。
彼女の目は潤んでいた。泣かないようにしているのが伝わってくる。涙がこぼれてしまわないように、防波堤を壊れてしまわないように拳を作って我慢するのに。

 でも、無理だった…―。
「ごめん、っ…」
 詩は無言で首を横に振って正面を向き直した。
今日、俺は詩に告白しようと思っていた。想いを最後に伝えるべきか我慢すべきか迷っていた。伝えたところで詩は消えてしまう。彼女だって伝えられても困ると思った。
 悩みに悩んで、本当は言わないことを決めていた。
しかし、あと数時間で消えてしまう彼女を見るとどうしても詩に想いを伝えたいと強く思った。どうしても、伝えたい思いがある。

「ねぇ、一か月の思い出を話そうよ」
「そうだな」

 詩は星空を見上げながらそう言った。でも語尾が震えている。
彼女も泣かないように必死なのだ。俺は涙を拭いて詩とこれまでを振り返って笑い合った。
 ベンチに座り、初めて会った時の印象、会話、その後俺の家でこっそり生活したこと、詩の親に会ったこと、映画を観に行ったこと、詩の姉に会ったこと、旅行に行ったこと、学際の手伝いをしたこと…すべて昨日のことのように思い出すことが出来る。

 あっという間に、数時間が経過していた。
スマートフォンのディスプレイを見ると二十三時五十分と表示されている。
 心拍数が上昇していく。
心が嫌だと、時間を止まってくれと叫ぶ。