―翌日

 前夜祭の疲れを残したまま、俺たちはクラスでりんご飴を売っていた。
主に女子が作り、男どもは売りに専念する。裏方に回る男子もいるが、俺はそれに選ばれるほど器用ではない。
 エプロン姿で、三角巾で頭部を覆い皆がテキパキとりんご飴を作る人、クラスまでそれを運び並べる人、売る人と分担しながら行う。

 毎年学際には沢山の地元の人が来てくれる。
だからクラスごとでどんな催し物をするのかは結構重要だ。
 隣のクラスはメイドカフェをやっているそうだが”普通のメイドカフェ”ではないらしい。
男子が女装して行うそうで、どういう層に人気なのか全く想像できなかったが、意外と初日から人気のようだ。廊下に出て様子を見たらそのクラスの前は列になって沢山の人が並んでいた。
 女子たちは逆に裏方のようで案内や整理券を配っていた。

「笹森君、詩ちゃんって今日来るの?」
「うん、午後に少しだけ。人混みは注意しないといけないから」
「そうだよね。触るとアレルギー反応が起こるんだっけ?」
「そんな感じ」
 午前中、俺はりんご飴の宣伝のために昇降口付近で立ちながらクラスの宣伝をしていた。
すると、委員長の橋本さんが詩について訊いてくる。

 頭のいい彼女は少し疑っているようだ。確かに”触れられるとアレルギー反応などが起こり大変なことになる”という大雑把すぎる説明をして納得する高校生は少数だろう。
今ではスマートフォンで簡単に調べることは出来るから詩のアレルギー反応という話が虚偽かどうかわかりそうだ。加えて非現実的な話だから余計に疑われても仕方ない。

「そっか。スマートフォンも持ってないって言っていたから。だから連絡先交換出来なかったの。でも笹森君とは連絡取れるの?」
「詩の家に電話している。だから俺も連絡手段が限られるから詳細はわからないんだ」

 そうなの、と静かに返す橋本さんはそれ以上のことは聞いてこなかった。
だが、おそらく俺の話を素直に聞き入れるほど彼女は頭が悪くない。
 詩は今日、午後に学校に来ると言っていた。
それまで五稜郭公園を散歩するそうだ。詩は以前、五稜郭病院に入院していた。

 観光客で賑わい、春には桜が満開になるそれを直接見ることは出来なかったのだろう。
だから詩はよくそのあたりを散歩している。
 学校へ向かう途中で買ったおにぎりと、他の一年生のクラスで販売していた唐揚げなどを食べてから校門のあたりで詩を待っていた。
橋本さんが言うように詩が携帯電話を持っていないということは連絡手段がないということで、俺ももちろんそれには困ることが多い。今だってだいたい何時ごろに校門の前に集合と約束をしても詩はそもそも時計を持っていないから時間通りに集合できることはまずない。
 アスファルトの上に転がる石を足先で転がしていると「蒼君」と声がした。
 詩が小走りでこちらに向かってくるが「走らなくていいよ」と声を掛けた。
走って誰かにぶつかって接触してしまったり、怪我をしたら大変だ。
 詩が言うには怪我などはしないらしいが、それも本当なのかどうかわからない。だって彼女はこの体になって怪我をしたことがないからだ。

「間に合ってよかった!散歩していたら眠くなってきちゃって。うたた寝してたの」
「はぁ?!どこに?」
「どこってベンチにだよ?でももしも寝ちゃって誰かに肩を揺すられちゃったりしたら大変だよね」
「そうだよ。学際にくるよりもリスクが高い」
 えへへ、と可愛らしく笑うが、俺は笑えない。こういうところが彼女のいい所であり、悪い所でもある。

「今日はまたみんなに会えるんだね」

 ルンルンと鼻歌を歌いながら俺の隣で胸を躍らせる彼女にうんと頷く。

「でも何度も言うけど、人が多いから俺のクラスとその他あまり混んでいない教室だけ見て帰ろう」
「分かった。またみんなに会えるだけで十分だよ」

 詩を連れてクラスに行くとみんな詩の周囲に集まってこれでもかと言うほどりんご飴をプレゼントされていた。
詩はもう食べられないよと言いながらも嬉しそうにそれを受け取っていた。
 滞在時間にすると一時間もいなかったように思う。
 人が多い校内は詩にとって一番危険であるから本人ももう少し滞在したかっただろうが仕方がないのだ。

俺は午後またクラスの出し物を手伝う為、学校近くのバス停で再度待ち合わせの約束をして詩と別れた。