「いつ消えちゃうの?」
「…それは、内緒。でももう時間はほとんどないよ」
「そっか。ずっと弱音を吐かずに頑張った詩へ神様がくれたプレゼントなのかもね」

 詩の姉が口角を上げた。
その笑い方は詩に似ていた。

「私、詩のこと本当は好きだった。でも、どうしたって新しいお父さんと血のつながりのない私は家族じゃないって思っていた。実際新しいお父さんとは上手くいってなかった。詩はいいなって…ずっと思っていたからそれが嫉妬に代わって嫌な態度を沢山取った。それなのに詩は変わらず私をお姉ちゃんって呼んで慕ってくれていた」
昔を振り返るように言葉を紡いでいく。
 詩も何度も頷いていた。

「ジレンマの中、心底嫌だった。性格の悪い自分が。詩と仲良くしようって思えば思うほど別の感情が湧き起こって…詩のいる病院に何度も行ったの、でも病室の前でいつも引き返していた。逃げていた。だからっ…最後の日、詩の様態が悪化したと聞いたあの日、病室に行ったときには既に詩の意識はなかった。後悔した、後悔で一杯だったのに私は最後まで逃げたの。最期のその時まで私は詩の傍にいられなかった」
 ごめん、と何度目かわからない謝罪をした。

「どうして謝るの?私は知っていたよ、お姉ちゃんが本当は私と仲良くしたいことも、本当はとっても優しいことも。だからこれからは後悔なんか捨てて生きてほしい。私はもう消えちゃうけど天国があるのならそこからお姉ちゃんのこと見てるよ。だから安心して自分の人生を生きてほしい。あと…お父さんとお母さんのことよろしくね」
 この非現実的な状況下でも詩の姉はちゃんと詩の言葉を訊いていた。
刻み込むように何度も頷き、何度も泣いて、何度も安堵したように笑った。
 どれくらいの時間をそうしていたのかはわからない。

「じゃあ帰るね。バイバイ、お姉ちゃん」
「…うん。詩、ありがとう。大好きだよ」

 詩の姉はどうして俺と一緒にいるのか俺とどういう関係なのか聞きたいことは山ほどあったはずなのに一切聞かなかった。
詩と俺が詩の姉の脇を通り過ぎる。
 詩の顔がくしゃりと歪むのが隣からでも十分に分かった。

 俺は一度立ち止まって振り返った。
詩の姉がこちらに体を向けて、泣いていた。でも詩は決して振り返らなかった。
 決して、振り返ることはせずに涙を手の甲で拭い一歩一歩前に進む。

「詩、いいの?」
「うん、いいの。大丈夫」

 完全に姉の姿が見えなくなると詩は堰を切ったように泣き出した。
途中から泣かないように頑張っていたのは隣からでも十分に伝わっていた。

「どうして消えてしまう日にち、教えなかったの」
「だって、もし教えちゃったら最後にまた会いたくなっちゃうかもしれないでしょう?お姉ちゃんもきっと会いたいって言うと思う。二度も家族を失う辛さを味わってほしくないの」

 詩は真っ赤な目を俺に向けてそう言った。