俺のクラスの行灯の進捗は結構進んでいるようだった。チラッと体育館に寄ってそれを確認するとそのまま踵を返した。
すると、背後から数人の声が近づいてくる。そしてその声は聞き覚えのある声だ。

「聞いたか?委員長がさっき言ってたけど別の学校の子が三日間だけ手伝いに来てるらしい」
「まじで?初耳なんだけど」
「本当、本当。しかも結構可愛いらしい」
「なんで急に他校の生徒が手伝いに?」
「ほら、岡本さんが腱鞘炎になって男子の分の衣装つくりが遅れてるって」
「あー、確かにそんなこと言ってたな」

 詩のことは既にクラスに知られているようだった。
他の男たちが詩をそういう目で見るのは嫌だった。
 これは完全に俺のエゴで自分勝手な理由だ。詩が他の男子と話しているのを想像すると苛立つし詩がそれで楽しそうだともっと腹が立つ。
それは俺にとって初めての感情で、でもだからわかる。これは詩のことが好きだから沸き起こるどうしようもない感情であることを。
聞かなかったことにして詩の元へ行こうとすると、前方からちょうど今考えていた人物が手を振って走ってくる。白いワンピース姿はよく考えるといくら私服で登校する高校とはいえ目立つ。

「蒼君―!」
「詩、お前なんでここにいるんだよ。家庭科室からは出ないって約束だろ」

 慌てて詩に近寄り咎める。しかし詩にはいくら咎めたとしても反省する様子はない。
きっと詩はこの期間自らが消えてしまう危険を伴っていたとしてもそれでも一番は”楽しむこと”を優先したいのだと思う。
 加えて俺が学校に行きやすいように友達を作りたいとも言っていた。恐らく後者が本当の理由だと思う。
彼女は本当に優しい子なのだ。

「ちゃんと気を付けているから大丈夫!それよりもこっちにきて手伝ってよ」
「君、もしかして数日間だけ手伝いに来てる女の子?」
 背後からぞろぞろと会わせたくない男子たちが来た。
詩は口角を上げたまま「そうだよ」と言った。

「へぇ、でもなんで笹森と話してるの?」

 俺は顔を強張らせた状態で俺たちを囲むようにして立つクラスメイトを一瞥した。
拳を作る力が強まっていく。

「どうしてって…私、蒼君の彼女だから」

 冗談だろ、と咄嗟に口にするクラスメイトは信じられないという目を詩に向ける。
それでも詩は首を横に振って「本当だけど…どうして信じられないって顔するの?」と当然のようにいった。

「いや、だって…。なぁ?笹森だぜ、暴力事件起こした本人なんだから近づくのやめた方がいいよ」
 詩のお陰で和らいでいた空気が一気にぴんと張り詰めた。
だよな?とお互いに頷くそいつらに俺は何も言い返せない。だって、進学校で不良のいない学校であのような事件を起こしてしまったのは事実だからだ。
 でも、詩は腰に手をやり目を細め、盛大に溜息を溢した。

「それ!あなたたち全容知らないじゃない!それなのにいつまで引きずっているの?蒼君はね、病気を患っている弟のことを馬鹿にされてかっとなって押し倒しちゃったんだよ。もちろん、蒼君のやり方は間違ってるけど、じゃあそういう事情も知らないで他人の弟を馬鹿にした人は正しいの?!私は蒼君のやり方は間違っているけど、彼は正しいことをしたと思ってる。それに、いつまでも当事者同士でもないのにそうやって陰湿に虐めみたいなことするなんてそっちの方が最低だよ」
「う、詩。もういいって、言い過ぎだし別に俺は気にしてない」

 男に向かって正々堂々と言い返す詩は本当に格好良く見えた。
うじうじといつまでも立ち止まったままの自分とは正反対で、そんな彼女を尊敬した。

「私が気にするの!そういうことする人って器が小さいよね。絶対一人じゃ何もできないでしょう?!私は一人でも蒼君を味方するもん」
 今度は男子たちの顔が引き攣っていた。
何も言い返すことなく、俺たちの脇を通り抜けた。

「ちょっと待ってよ、謝ってないよ」
 詩は何と俺に謝罪させようとしていたようだがさすがにそれは制して止めた。
俺は謝罪を受けたいわけじゃない、そもそも俺があの日のままずっと立ち止まっているからみんなもそうなのだと思う。
「詩、ありがとう」
まだ憤慨している詩にぼそっと言った。
「ありがとう。嬉しかった。俺…、逃げないで頑張ってみようと思う」
 詩は憤慨していた顔を柔和な笑みに変えてそれがいいよと言った。