「じゃあ行きましょうか。詩ちゃんって呼ぶね」
「うん、じゃあ私は陽菜ちゃんって呼ぶ」
 俺の百倍はコミュニケーション能力の高い詩を目の当たりにして少しだけ嫉妬した。
でも学校に来た彼女を見てもしも俺と詩がクラスメイトで今もちゃんと生きていて、病気などしていない…そんな世界で生きていたら。
 きっと詩は人気者なのは変わらず俺のような生徒にも平等に接してくれる子だったのだろうと簡単に想像ができる。

 家庭科室に入ると既に数人の女子が黙々と作業を続けていた。詩を見ると待っていたとばかりに「こんにちは!」と声を掛ける。今のクラスメイトの女子たちからすれば詩は救世主に見えるのかもしれない。
 詩は軽い自己紹介をして家庭科室用の広いテーブルに他の子と対になるように座った。

「せっかくだから蒼君も手伝ってよ」
「は?嫌だよ、出来ない」
「だって暇そうじゃない」

 詩の言葉に他の女子たちからの微妙な視線が集まる。触れてはいけないという雰囲気を感じるのに詩はそれらを無視して続ける。

「じゃあ他の手伝いしてきたら?私は大丈夫だから」
「……」

 そう言われると困る。
俺は渋々詩の隣に座った。

「訊いていい?詩ちゃんと…笹森君ってどういう関係?」
「え?私と蒼君?うーん、恋人かな」
 作業を始める前に吃驚した声が飛び交う。一番驚いたのは俺だ。想定とは違う言動をする詩に慣れていたとはいえここでもそれをするとは思ってもみなかった。ざわつく中でも怖じ気つくことなく詩は楽しそうに笑って言った。

「見えないかな?」
「え、っと…見えないってことはないけど…もしかしてあの噂本当なんじゃない」
「あ!確かに…」
 コソコソと耳打ちし合う女子たちは“噂”というワードを口にする。

「どんな噂?」
「夏休みに他のクラスの子が映画館で笹森君を見たって。しかも彼女と一緒だったっていうから。そんなわけなくない?って言ってたんだけど」

 俺は顔を歪めたまま映画館で以前同じクラスだった女子に詩と一緒にいるのを見られたのを思い出した。思わず前髪をくしゃりとかき上げていた。

「そんなわけないって失礼だよー!蒼君に彼女の一人や二人いてもおかしくないでしょ!」
「あ、…うん、そうだよね。ごめんね、笹森君」

 初めてちゃんと向き合って言葉を掛けられたが(詩の説教によってだが)意外と嬉しく思ってしまった。自らもう二度とクラスメイトと関わることはしなくていいと線を引いていたから。

「じゃあ、始めようか!」

 詩の周囲が驚いてしまうほどの快活さや社交性の高さに圧倒されながら俺は少しだけ女子たちの裁縫を手伝った。
一時間ほど手伝うと俺は休憩がてら行灯の進捗を見に行くことにした。全クラスがテーマを決め、行灯を作成し前夜祭でそれらを担いでお祭りを楽しむ。