「そうだったのね。なんだ、安心した」
 しかし、詩の俺の話を聞いての第一声が予想外だった。俺は目を丸くして彼女を見据えた。
詩は包み込むような温かい目を向けてくる。

「安心?」
「うん、ちゃんと俊介君のこと大切に思ってるんだって」
「…っ…」
 眩暈がしそうなほどの強い衝撃が走る。違う、と口にしていたが詩はすかさずそれを否定した。

「違わないよ。ちゃんと好きだったんだよ。俊介君のこと。だからなりふり構わず相手に怒ったんだよ。もちろん!暴力はダメだね、それは反省しないといけないけどもう反省したんだよね?だったらちゃんと前向かないと」
「前?」
「そうだよ。みんなが蒼君を無視するのは間違ってると思う。だってもう当事者同士で解決したことなんだよね?それなのにみんなだけじゃない、蒼君もずっとそれを引きずっているの。もしかしたらそれを理由に虐めたいっていう思考の子もいるかもしれないけど多分ほとんどの人は流されているだけでちゃんと自分で考えて行動している人はいない。空気みたいに流れるように学校で生活しているんじゃないかな」

 俺は目頭が熱くなってくるのを必死で堪える。
彼女の前で泣きたくなどない。詩はすっと視線を空へ移して続けた。

「良かった。蒼君が俊介君のことちゃんと好きだってわかって」
 否定はしなかった。
あの日、俺は怒りで収めることの出来なかった感情を相手にぶつけてしまった。
 そしてあの事件を起こしてしまったことを酷く後悔していた。どうせ俊介含めた新しい家族と上手くやっていくことが出来ないのならば感情的になってあんなことをする必要はなかったのだ。
 だから後悔していた。でも、詩の言葉で今まで貯蓄されていたぐちゃぐちゃした自分でも整理することの出来ない感情が溢れ出そうになった。
俺はどこかであの事件は間違っていないと思いたかった。でもそれはつまり俊介のことを庇ったということになってしまう。それは俺の中で認めたくなないことだった。
 俊介のせいで家に居場所がなくなって、俊介のせいで全部おかしくなった。
そう他責にしていた方が楽だから。

 でも、詩は違うよと言った。
「違うよ、蒼君はちゃんと俊介くんのことが好きで、ちゃんと家族になろうとしていたんだよ。でもそれはきっと簡単なことじゃない。だから遠回りしちゃって相手に真っ直ぐに伝わらないんだよね。やり方は間違っていたとしても私は今の話を聞いて蒼君のしたことは間違っていないと思った」
 どうしてか、詩に言われると全てがストンと胸に落ちる。喉の奥にずっと突っかかる何かが取れたように思った。
 我慢しきれずに俺の頬に涙が伝っていく。

「ありがとう」
「ううん、こちらこそありがとう」

 詩の願いを叶えるために俺は手伝う側だった。でも、救われたのは俺の方だ。
沢山与えられたのは俺の方だった。