「き…」

 き?と聞き返すもそのあとが更に出てこない。
詩の頬はどんどん紅潮してそれが全体に広がると首元までリンゴのように真っ赤になった。
 (そんな風になるほどの“やり残したこと”とは一体なんだ?)
 逆に気になって仕方ない。俺が諦めることなく視線を送り続けるものだから詩が降参したように言葉を紡ぎ出す。

「…キスだよ」
「……」

 詩はそう言うとベッドにダイブするように上半身を沈め、バタバタと手足を動かす。
俺が無言なのは驚きと返答があまりにも意外だったからだ。想像の斜め上の答えにどう反応したらいいのか分からなかった。

「もうっ…!別にいいでしょ?!だって私だって普通の高校生だったんだもん、それくらい普通じゃん」
「別に何も言ってないじゃん。そうなんだーって思っただけ」
「嘘だ!だってめちゃくちゃ驚いてそのあとに顔引き攣ってたもん」
 真顔だったと思っていたが詩には違って見えていたようだ。自分の顔に手をおいてみる。引き攣っているよう感じはない。

「…それって誰でもいいわけじゃないだろ?だって詩は今まで付き合った人いないなら初めてのキスになるわけで」
「それは…そうだね。でもしてみたかったの、一度でも。私の好きな漫画にもキスシーンあるし!」

 叶えてやりたい願いではあるけど、今詩にキスしたって彼女が消えてしまうわけだから無理だ。それに“好きな人”という条件の元だとほぼ不可能だ。
詩が今から誰かを好きになるしかない。でも彼女のことを理解した上で短期間で恋人になってくれる男性はほぼいないだろう。
というより、俺が嫌だった。詩が恋をして俺以外の誰かと最後のキスをしてしまうのは嫌だった。こればかりは俺の自分勝手で邪な考えだから詩に伝えることは出来ないけど本心ではそうだ。
 恋をすると人は身勝手になるようだ。少なくとも俺はそうだ。

「分かった。教えてくれてありがとう」
「いいよ、いつか話そうとは思ってたから。じゃあ次は蒼君ね」
「うん…。俺は一年生の頃それなりに大きい事件を学校内で起こした」
 事件?と怪訝そうに訊く詩におれは大きく頷く。
思い出したくもない一年前の話を俺は詩になら話してもいいと思えていた。
「そもそも俺はあんまり友達多い方じゃなかった。でも、一年生の頃はそれなりに喋る相手くらいはいたし、多分普通の高校生だった」