透けてもいないし、浮いてもいない。俗に言う幽霊の特徴が一つもないというのに彼女は死んでいるのだ。通夜も葬式も終え、彼女の家には遺影もあった。
既に骨になっている。この世にはいないのだ。それなのに…―。

「…なんで」
 彼女はいなくなってしまうのだろう。そのまま彼女に仮の命を与え続けることは不可能なのだろうか。触れたら消えてしまう、それでもいい。それでもいいから詩を俺の傍に…そう思ってしまう。我儘だとわかっていてもそう思わずにはいられないのだ。
 俺はベッドの縁に腰を下ろして眠る彼女を見下ろした。
 長い睫毛に白い肌、細い腕、触ることの許されない状況下でも思わず触れてしまいそうになるほど綺麗だった。

「あれ?蒼君?」
 ぴくぴくと瞼が痙攣した後、薄っすらと目を開ける彼女は開口一番俺の名を呼ぶ。

「起こしてごめん」
「…ううん、大丈夫。でもこんなに近づいたらダメだよ。私たちはそういう約束でしょう?」
「そうだった」
 詩に諭され、俺はベッドから腰をあげるとローテーブル近くにある座椅子に腰を下ろす。
詩は眠そうに欠伸をした後、背伸びをする。ネコみたいだと思った。
 気まぐれなところも似ている。

「札幌日帰り旅行、本買ってきた」
「え、本当?!嬉しい!ありがとう」
 俺はA4サイズの鞄から今日買ってきた旅行ガイドブックを取り出す。”札幌”と大きく書かれてある。
詩にそれを差し出すと詩は目を輝かせてそれを捲りだす。

「わぁ!札幌って観光スポットたくさんあるんだ!」
「観光客多いからね。函館もそうでしょ?」
「そうだねぇ。特に五稜郭公園は観光客多いよね。私はいつも五稜郭公園近くの病院に入院していたからわかる。ふふ、でも札幌は楽しみ!行ったことはあるけど幼少期だったし」
「あのさ、詩のやりたいことってあと幾つだっけ?」
「えっと…」
 目線を宙にやり考える素振りをした後に、三つかなと言った。

「三つ?お姉さんに会うと学校へ行く、それから…」
あの空欄を思い出す。詩は頑なに最後の願いを教えてくれない。もしかすると実現不可能な内容なのかもしれないが共有はしてもいいと思う。
そのあたり俺はまだ信用されていないのかもしれない。
「最後の願い訊いてないんだけど」
「えーっと、別にそれは…」
「そもそもお姉さんに会うっていう項目と学校に行くっていうのは実現不可能だろ。だったら最後のそれも教えてくれてもいいじゃん」
「うーん、実現不可能でもないんだけど…うーん、」
 実現不可能ではないなら尚更教えてくれよ、と思う。