俺もそう遠くはない未来で美世と同じ感情を抱えて生きるのだと思った。
それは何よりも辛くて、何よりもきつくて、想像もしたくなかった。
これから俺は“残されたもの”になる。
目頭が熱くなると、美世は俺に顔を向けた。

「どうやって詩から手紙を預かったのかとか聞きたいことはたくさんあるんだけどこの手紙は詩の書いたものっていうのは本当だって分かったからこれ以上は聞かないことに する」
美世はそう言って立ち上がる。

「あの、訊いてもいいですか」
何?と前回会った時よりも清々しい表情で俺を見下ろす。

「残されたものとして…美世さんはもう立ち直ったんですか。前に進めているんですか」
「前に進めているわけないでしょ。そんなのは…すぐには無理だよ。これからも神様を恨みながら生きていくよ。でも詩が残してくれた手紙にはちゃんと自分の人生を歩んでほしいって書いてあった。だから詩のことを引きずって泣くような日々を送っていたら天国の詩は絶対怒るからそういうのは卒業しないと」
「そうですね。俺も…そのうち…―」
詩は消えていくだろう。いつまでもこのままというわけにはいかない。
目の前の俺と同い年の女の子は前に進もうとしている。

「じゃあ、私帰る。あ、そうだ…―」
帰ろうと俺に背を向け歩き出そうとした美世はくるりと向きを変え、俺を見据えた。

「詩とは本当に友達だった?」
「友達ですよ。まだ疑いますか」
「違うちがう、そういう事じゃなくて。付き合っていたのかなって」
あまりに唐突な予想外のワードは俺の思考を停止させるには十分だった。
そんな俺を見て噴き出すようにして笑った美世は「ごめんごめん」と言った。

「手紙に、あなたのことそれなりに書いてあって…なんか書き方が…そういう関係なのかなって」
「違います、友達です」
「でもあなたは好きだったんじゃない?詩のこと」
「……」
違います、そう言いたかった。でも、出てこない。どんなに力を入れてもそれは出てこない。
理由は簡単だ。本当のことだからだ。実年齢よりも幼いところがあるくせに、正義感が強くて明るくて、表情がコロコロ変わるところも自分より他人を思いやるところも…全部好きだ。

「ごめん、好きだったら尚更辛いよね。でも私たちは生きるしかないんだよ。詩が見ていてくれていると思うから」
そう言うと、美世はもう振り返ることはなく去っていく。
美世の姿が完全に見えなくなる。重い腰を上げ、俺は詩を探した。きっとどこからか見ていたはずだ。
会話は聞こえていないと思うが後半の会話だけは絶対に訊かれたくない。
俺はすっと立ち上がる。
すると、どこからとなく詩が現れる。詩は両手を後ろで組んで微笑む。

「今、ちょうど美世ちゃん帰ったよ」
「うん、知ってる。見てたから…何て言ってた?」
「詩の手紙だってことは信じてたよ。嬉しそうだった。俺がどうして詩と友達だったのかとか具体的な疑問は聞いてこなかった。それよりも詩の手紙だっていうことに驚いて…喜んでたよ」
「そっか。信じてくれて嬉しいなぁ。美世ちゃん遠くからだけど元気そうでよかった。これからもそのままの美世ちゃんでいてくれたらなって思ってる」
そうだな、と返すと俺たちはほぼ同時に歩き出していた。
既に夕陽は沈みかけている。茜色に染まった空は俺たちを照らしていた。