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「おい、ガキ!まずは入り口付近の段ボールからだろ」
「はーい」

 首から掛けたタオルが既に汗で質量を増し、引っ越し作業を指示するベテランに早速怒鳴られるが俺はたった二日だけのバイトなのだから我慢我慢…と心の中で唾を吐く。
詩の願いである海へ行ってから数日が経過した。気が付くと詩と既に二週間弱一緒に生活をしている。
 今日は詩の願いを叶えるために、俺は重労働のバイトをしていた。引っ越しのアルバイトは当日手渡しだし単発で入れるからメリットもある。時給もそれなりにいい。
午前中の引っ越し作業を一件終えると、「おい、ガキ。飯行くぞ」とベテランの男に呼ばれる。あからさまに嫌な顔をしていたのだろう、軽く舌打ちをされ「行くぞ」と急かされた。
「何か食いたいもんあるか」
 引っ越しの繁忙期ではないが、常に人が足りないらしい。俺のようなヘタレでも雇うのだから相当な人材不足なのかもしれない。
「ありません。ていうかガキじゃないです」
「ガキだろ。どうみたって」
「笹森です」
「俺は森田だ」
「知ってます」

 生産性のない会話を繰り返し、近くの蕎麦屋に入った。どうやら奢ってくれるらしい。
ラッキーではあるが、ベテランのボス的な立ち位置のほぼスキンヘッドの森田さんと一緒に昼食を取るくらいなら一人でコンビニ飯の方がマシのような気がする。
 常連なのか店に入ると直ぐに「今日は遅いね」と店員に声を掛けられていた。
奥の席へ案内される。森田さんの正面に座り、メニュー表を無言で捲る。どうせ、常連ならばメニューも決まっているだろう。

「おい、笹森。お前なんでこんなバイトなんかしてんだ?」
「すぐにお金が欲しかったからです」

 ランチメニューのざるそばセットに決めたところで俺は視線を森田さんに移した。
「なんですぐに欲しいんだよ。何かあるのか」
 やけに深く訊いてくるなと思った。そんなに俺が引っ越し作業のアルバイトをしていることが不思議なのだろうか。

「…別に」
「今の若い奴はすぐ“別に”っていうよなぁ。根性もねぇし、極端に人と関わるのを避ける。そのくせ寂しがり屋でかまってちゃんだ。俺らからすると意味わからん」
「その通りですね」

 バタンとメニュー表を閉じると同じタイミングで店員が俺たちの席に来て注文を取る。
森田さんの言ったことは的を射ているような気がする。SNSなどが発達したお陰か二十四時間いつでも誰とでも繋がっているような気がするのに、でも実際はそんなことはなくて、相手がどういう性格でどういうことが好きで何が嫌いなのかそれすらも分からない。
 希薄なのだ、何もかも。だからと言ってそれがすべて悪いのかと問われるとそうでもないとも思う。そういう希薄さが心地よいときだってあるのだ。今の俺のように。
 蕎麦が来るまでの間、微妙な間があった。でも森田さんは何も気にする様子はなく長く息を吐いた。腕を組みながら俺の内心を探るような目でこちらを見る。

「お前彼女いんのか」
「…何ですか急に。俺とは明日で最後なんですよ、そんな個人的なこと訊いて何になるんですか」
「はぁー、そういうところだよ。わざわざお前のこと知ろうとしてやってるのに、“それって意味ないですよね”とか言うんだろ?お前は本当に俺の嫌いな若者代表って感じの喋り方するな」
 無言なのは言い返せないからだ。水滴のついたコップを手にして一口で水を飲み干した森田さんは今日何度目かのため息を溢していった。
「今のお前は危うさがあるんだよなぁ。だから彼女でもいるのかと思ったんだ」
「意味わかんないです」
「分かんねぇだろうなー。でも大人になればわかるんだよ。おめぇを見てると…若い頃の俺に重なるんだ」
「やめてください、俺と森田さんを一緒にしないでください」
「お前、ぶっ飛ばすぞ」
「とにかく、だ。お前なんか相当な理由がなきゃこんなきついバイトなんかしないだろ。家が貧乏とかそういう雰囲気もねぇ」
「まぁそうですね。どうしても金が必要なんです。でも、別に学校で虐められていてとかそういう理由じゃないです。理由は…好きな子の為、です」
「やっぱり女じゃねーか。ま、後悔ないようにな。でも自分を大切にしろよ」
「…はい」

 森田さんは言葉遣いが最悪だし、仕事中も怒号を飛ばすし、一緒にいたくはない人ではあるが時折見せる人情深さは本物だと思った。
俺のようなひょろひょろとしたヘタレがこんなバイトを選ぶわけがないと思うのは自然だろう。森田さんは最後に「何かあれば周りの大人にも相談するんだぞ」と見た目からは絶対に言わない言葉をくれた。