詩が誰?と不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。
何故電話がかかってきたのかと疑問に思った。俺の電話番号は教えていないはずだ。
 だが、よく考えれば詩の友人と別れる際、俺は自分の連絡先を叫んでいた。
どうしても詩の友人に手紙を渡したかったから必死に叫んでいたがよくそれを覚えていたなと思った。
 美世はスマートフォン越しに長い息を吐くと、「ごめんなさい」と言った。
彼女は謝るようなことはしていないし、むしろこうして連絡をくれたことに俺の方が感謝をしたいのに。
 俺は詩に人差し指を唇に当て静かにしているようにというジェスチャーをする。
詩はこくりと頷く。

「謝らないでください。まさか連絡をくれるなんて思っていなかったので驚いていますが…。電話をくれたということは手紙を受け取ってくれるということでしょうか」
「端的に言うとそういうことになるね。あの時はカッとなって酷いことを言ってごめんなさい。でもね、今も信じられていないの。詩に私のほかに最後の手紙を託すほどの友人がいた…なんて」
「……」
 俺は何も言えなかった。詩のお母さんを騙せても親友は無理かもしれない。
でも、本当のことを言うわけにはいかなかった。嘘をつき通すしかないのだ。
 俺の正面に立つ詩の顔はみるみるうちに苦しそうに、悲しそうに歪んでいく。
きっと電話の相手が分かったのだろう。

「でも、それを確かめたいの。詩からの手紙なら本物だってわかる。だから今度時間を決めて会いましょう」
「分かりました。部活動をやっているのですよね、忙しいと思いますので美世さんに合わせます」
「それは助かる。ありがとう、じゃあまた連絡します」

 そう言って電話は切れた。重力に従うようにだらんと腕を下げて、詩を見る。

「もしかして…美世ちゃん?」
「うん。美世ちゃんだったよ、会ってくれるって」
「そっか!良かった。手紙渡せるんだ」
「うん、でも…詩の言うとおり美世ちゃんは全然信じてないみたいだよ。俺が詩の手紙を預かっているって」
「そうだよね…美世ちゃんは頭がいいしずっと私の傍にいてくれたから…もし私に美世ちゃん並みに親しい友人がいたならば…絶対に美世ちゃんは知ってるはずだもん」
 詩と俺は自然に歩き出していた。
完全に嘘だと思われてもいい。俺が罵倒されようが怒鳴られようが構わない。とにかく詩の手紙が渡せたらそれでいい。

「でも、美世ちゃん会ってくれるなんて優しいなぁ。ずっと優しかったもん、ずっと」
 詩の目は薄く光っているように見えた。それ以上何も言わなかった。