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 想像以上に本屋のバイトが重労働だった。
高校生は俺だけで、他はパートだった。俺以外は慣れた様子で本の棚卸し作業をする。
 ハンディタイプの機械で読み取り、冊数を入力、一段毎に本の数を数える。
単純作業だが、正確さが求められるのと店内が広いため相当時間がかかる。
 二日に分けて行われるとはいえ、それでも一日は完全に店を締め切って行われるほどに量が多いのだ。気が抜けない。
ドリルなどの細かいエリアが特に苦痛だった。いくらやっても終わりが見えないからかもしれない。
だが、三日後に詩と一緒に海へ行く約束をしているからそれまでに詩の水着代を稼がなくてはいけない。あとは明日、短期のアルバイトの面接がある。
 もちろん親はこのことを知らない。短期であれば言う必要がないと思った。

「笹森さん、自分のエリア終わったらこっちも頼むね」

 年配の女性にそう言われ、「はい」と短く返事をした後、Tシャツの袖で汗を拭った。
エアコンが効いているとはいえ、何度もしゃがんだり立ったりを繰り返したりそもそも立ち仕事だから体力を消費する。俺はまだ身長が高いからやりやすいが女性は大変だろうなと思った。

 日給が高く設定されている理由も分かるような気がした。明日もあると思うと確かにうんざりするが詩を海に連れていくためだと思えば何とか頑張れた。

 バイトを終えると一万円を貰いそのまま家に向かう。
今日は母親が仕事終わりそのまま帰宅しているはずだから詩が心配だった。
 一応俺の部屋から出るなとは言っている。ただ、何かを感じ取って今までは入ることがほぼない俺の部屋に勝手に入るということも考えられなくはない。
 もしも母親が二階を上がってきたらクローゼットの中に隠れるように言ってある。

「ただいま、」

 帰路につく足取りが早いのは別に母親に会いたいわけではない。
家のドアを開けると直ぐに夕飯のいい香りがした。今日は朝からずっとバイトをしていたから確かに空腹だった。
 リビングから漂ってくる匂いですぐに今日はカレーライスだとわかった。
「お帰りなさい」
 母親の普段と変わらない声に安堵してただいま、と素っ気なく返す。
二階へ続く階段を上っていると後ろから声がした。
「俊介、もしかしたら一時帰宅できるかもしれないの」
「…へぇ、そう」

 俺は振り返ることなく、低く抑えた子でそう言うとそのまま自分の部屋に大股で向かいドアを開ける。