手を合わせるが俺は願っていた。詩にどうか奇跡が起きてこのままの生活が出来ないかと。
ずっと一緒にいたいと思うのは我儘だろうか。この生活が続けばいいと思ってしまうのはいけないことなのだろうか。

―それは、愚かな考えだね
 どこからか声がしたような気がして顔を上げた。同時に襖が開いて詩のお母さんが顔を出していた。
「ありがとうね。お茶でも飲んでいって」
「…はい」

 俺は小さく頷き立ち上がった。リビングに通される。座って、と言われ促されるままソファに座った。革製のいいソファだと思った。リビングを見渡しても絵画が飾ってあったりお洒落だと思った。詩のお父さんはどういう人なのだろうと興味が出てきた。
「麦茶っていうのもあれよね…でも高校生だからカフェインっていうのも…」
詩のお母さんは顎に手を添え悩んでいるようだ。俺はすかさず麦茶でお願いしますといった。こういう時はどちらがいいのか伝えた方がいいのだ。
お母さんはわかったわ、と言ってから冷蔵庫を開けた。
「さぁ、どうぞ。こんなものしかないけどごめんなさいね」
「いえ、お構いなく」
「わざわざ来てくれて本当に嬉しいわ。きっと詩も喜んでいるでしょうね」
「…そうだといいですが」

 詩のお母さんがテーブルに麦茶と茶請けを置く。
手紙を渡すタイミングを伺っていると、お母さんが口を開く。
「あなたお名前は?」
「すみません!自己紹介がまだでした。笹森蒼と言います。詩さんとは同い年で、学校は違いますが友達でした」
「そうなの。蒼君ね。あの子に美世ちゃん以外友達がいるなんて知らなかったわ」
 具体的に訊かれれば嘘がバレそうだ。詩と話し合って、中学校の頃に知り合ったことにしている。一年生の頃は治療が一度落ち着いて家に帰ることが出来ていたと言っていたから。
「はい、中学生の頃に…」
「あぁ、一年生の頃よね。そう、あの子に他に友達がいたなんて」
 俺はお母さんが麦茶を用意している間にオープンカラーシャツの胸ポケットにスマートフォンを移動させる。動画を撮影できそうだったから設定した。
了承なく撮影するのに罪悪感はあるが仕方がない。
「これを渡したくて今日来ました」
 詩のお母さんが小さな声を漏らすのが分かった。
「詩さんから預かっていた手紙です」
「…詩から?」
 詩のお母さんも俄かには信じられないという顔をしている。手紙を受け取る際、お母さんの手が微かに震えていた。
封筒の表に“お父さんとお母さんへ”と書かれた丸文字を見て「…詩の字だわ」と言った。
「はい、本人のものです。渡すのが遅くなってしまい、すみません」
お母さんはぶんぶんと力強く首を横に振った。
「これを私たちに渡すのはとても勇気が必要だったと思う。ありがとう」
「…いえ」
 詩のお母さんは静かに封筒の封を切った。お母さんは最初眉間に皺を寄せ、苦しそうな顔をしていたが徐々にそれが解れていく。そして、輪郭をなぞるように涙が落ちていく。
「…そう、そうなの」
何度も頷き、まるで隣に詩がいるようにそう言った。