直ぐにインターホン越しに声がした。
「はい、」という女性の声はおそらく詩の母親だろうと思った。以前も会ったことがあるから俺を覚えていてくれさえすれば話は早いと思った。線香を上げにきた、そう言えば家には上がらせてもらえるだろう。

「すみません、詩さんの…ことで」
「詩の…?ちょっと待っててくださいね」
 数秒後、すぐに家のドアが開いた。
エプロン姿の女性はやはり詩に面影がある。だが、前回会った時よりも老けたように思った。やつれたというべきか…。詩の母親は「あぁ!あなた、この間の」と俺を見て目を見開きそのあと嬉しそうに口角を上げてくれた。笑い方も詩に似ている気がする。

「どうぞ、上がっていって。あの時は無理に家に上げようとしちゃってごめんなさいね。そうよね、急にいなくなっちゃったら…認めたくないものね」
「……」

 玄関で靴を脱ぎ、埃一つない綺麗な家の中を進む。詩のお母さんは時折声を詰まらせていた。
まだ娘が亡くなって一か月も経っていないのだから当然だ。
家には母親しかいないようで、控え目に視線を動かしながら仏間に通される。

「最初に線香あげたいわよね。今、飲み物用意しますね」
「すみません、ありがとうございます」

 線香の香りがまだ残ったそこに足を踏み入れると、俺の体は突然動かなくなった。
視線は仏壇の前に注がれ、そこで笑っている少女の写真から目を反らすことが出来ない。
呼吸が浅くなり、わかっていた光景なのにその衝撃に耐えられず涙が溢れてきた。
 元気だったころの詩の写真だろうが、やはり痩せていてでも幸せそうだった。
ピースをする彼女の写真を見ると本当にこの世にいないのだと思い知らされる。
 これが現実なのだと…今ある奇跡はいずれ終わりを迎えるのだとそう諭されているような気がして眩暈がした。
涙を拭って俺は目を閉じた。酸素を吸って吐き出すと、そのまま膝を折り、正座してから再度目を閉じる。