詩はそれなりの時間をかけて手紙を書き終えた。
俺はその間、ローテーブルで足を崩して課題をやっていた。流石に夏休みの課題をやらないわけにはいかない。バイトも始まるし詩との時間を考えると課題をやっている暇はなさそうだ。隙間時間で何とか終わらせようと思っていた。
「できた」
 快活な彼女からは乖離した凛とした声でそう言った。
彼女はじっと手元の三つの手紙を見つめ、長嘆した。

「これって…やっぱり自己満足だよね。入院中、もしかしたら明日がもう来ないんじゃないかって思うときもあった。家族と親友に手紙を残そうって思っていたのだけど…書いたら自分が死ぬことを認めてしまう気がして出来なかった。本当にそうなったら嫌だったから。だから死んじゃった今、心残りで手紙を渡したいなって思ったのだけどどうなのだろうね。残された人は前を向こうとしているかもしれないのに…今渡されても困るだけかなって」
詩は椅子ごと俺に体を向け「どう思う?」と聞いた。
 彼女の目は薄っすらと光っていた。
「…残された人、か」
 諳んじると何だか自分のことのような気がして絶望にも似た感情が押し寄せる。
そうだ、詩がいなくなれば…俺だって残された人になる。
 彼女のいない世界に戻るだけなのに、元々は彼女と接点などなかったのに。
口元を歪める俺を見て「どうしたの?」と訊く詩に俺はかぶりを振った。

「何でもない。いいと思うよ、自己満足でもいいじゃん。それにまだ残された人たちは前を向けていないかもしれない。そんなに簡単に前に進めるとは思えない」
「そっか…じゃあ、渡してもいいのかな」
「俺が渡すよ」
「うん、ありがとう」
 詩はいつもの詩に戻って立ち上がる。
しんみりした雰囲気は彼女には似合わない。
「じゃあまずは…親友のところかな」
詩と一緒に詩の親友に会いに行くことになった。