俺も彼氏らしくしないとな、と思いながら、彼氏って何をするのだろう。
カップルと言えばやっぱり手を繋ぐのが鉄板なのだがそうすることも出来ない。
「どこか店入る?」
「うん、じゃあ…ケーキ食べたい」

 俺のポップコーンも半分くらい食べていたと記憶しているが彼女の胃袋はケーキを迎え入れる気満々らしい。
前回とは違う喫茶店に入ることにした。雰囲気のある外観はレンガ調の素敵な喫茶店は若い女性でほぼ満席だった。だが、ちょうど窓際の席が空いたようですぐに案内された。
 木製のテーブルに向かい合うように座った。
詩が頬に流れ落ちるようにかかる髪の毛をそっと耳にかけ窓の外を見る。
「デートっぽいね」
「まぁ、デートするって宣言してから家出てるし」
「でもさぁ、よく考えると私たちこっそり同じ家に住んでいるんだよね」
「…そうだけど」
「他の高校生のカップルより絶対…エッチじゃない?」

 ちょうど店員が水を二つ運んできてくれてグラスに注がれた水を一口飲んでいると、詩がとんでもない発言をする。ぶはっと水を噴き出して急いでおしぼりで口元を拭く。
詩はそんな俺を見て腹を抱えて笑っていた。
目を細め、「何だよ」と言って睨むが彼女は楽しそうだ。
 先ほどまで映画の余韻のせいですぐに目を潤ませていたというのに。

「でも何もしてないだろ、俺たち」
「そりゃそうよ!だって私触れられたら消えちゃうんだもん」

そう言うと、水と一緒に置かれたメニュー表を開きケーキを選ぶ。
蒼君は?と訊く彼女に俺は「じゃあアイスティーで」と言った。
 詩はモンブランとチーズケーキ、それからショートケーキで迷っているようだった。
俺からすればどれも同じ砂糖の塊なのだが、詩にとっては違うらしい。

「うーん。悩む…」
かれこれ五分は悩んでいるようだ。
「全部頼んだらいいんじゃない?」
「そんなことしたら蒼君のお財布空になっちゃうよ」
「いいよ、俺短期のアルバイトするから」
「ええ?!そうなの?もう決まったの?」
「いや、今調べてた。当日給料手渡しの仕事ないかなって」
「…なんかごめん」
「いいって。俺がしたくてしてんの。それに…結構楽しいし」
「本当?」
「本当」
 詩はきゅっと口角を上げて目を細めて笑う。くしゃっと本当に嬉しそうに笑う。
「チーズケーキとモンブランで悩んでいるの」
「じゃあ俺チーズケーキ頼むよ。だから詩はモンブランで」
 片手を軽く上げ店員を呼ぶ。詩は何故か照れたように顔を赤らめた。
首を捻りながらも店員にケーキセット二つを注文した。一つはアイスティー、もう一つはメロンソーダだ。

「こ、これって…あれだよね。あの…」
「え、何?なんか変なことした?」
「ううん!してない。逆だよ、あの…彼女がカフェとかに入ってどっちにしようか迷っていると彼氏はその迷っている方をね、選んで一緒に注文してくれるの」
「……何の話?」
 ぽかんとする俺に詩は興奮気味に喋る。
どうやら詩の好きな少女漫画にも同様のシーンがあるらしく、少女漫画では鉄板ネタだそうだ。女の子はそういうのがいいのかぁと思った。
ちなみに、と言って彼女は壁ドンや顎食クイなど胸キュンポイントを熱心に語っていた。
そのうちケーキが運ばれてくる。
目を輝かせ、詩はケーキを口に運ぶ。本当に美味しそうに食べる。
「このね、モンブランの中に入ってるカスタードも絶妙なの。食べてみて!」
「うん…」
 別にいらないのだが、女子というのは共有したい生き物らしい。
俺のチーズケーキも彼女にほぼあげたが満足そうに美味しいという詩を見ると財布の中がどんどん寂しくなってもバイトすればいいかと思った。
 彼女のやり残したことに“海に入る”や、“旅行に行く”などもあった。
海で泳ぐには水着が必要だし、旅行を高校生二人で行くなど基本無理だが例えば札幌くらいならば泊まらず何とかなりそうだと思った。
もちろん、交通費含めてそれなりの金が必要にはなる。
「そういえば、」
 詩が思い出したように言った。メロンソーダが半分以上減っている。
ストローでそれを吸うと、俺の目をじっと見つめる。
「弟さんってどこに入院してるの?」
「俊介?あぁ、中央病院だよ」
「そう…私ずっと五稜郭病院だったんだけど…春になると五稜郭公園に桜が咲くでしょう?あれ、ちょうど私の病室からは見えなくて」
「そっか。今、春だったらよかったのに」
「そうだね。でも昔…かなり前のことなんだけど売店くらいまでは移動出来たころ、年下の男の子が絵を描いてくれたの。『僕の病室からは桜がみえるんだよ』って。それが嬉しくて。でもその子…しばらくしてから退院したのか姿見なくなったんだ」
「そうなんだ。元気になったってこと?」
「そうだと思うよ。名前も知らないんだけど。お返しにお守りあげたんだけどもう少し喋りたかったなぁ」
詩は昔を思い出して呟いた。
「学校ほとんど行ってないの?」
「うん、高校生になってからは全く。だから友達はほぼいない。ほぼっていうか一人だけ」
彼女は儚げに笑って見せた。