「今日はやめておくか…」

 水分補給をして空を見上げる。だが、俺の足はその言葉とは反対に自然にまた動き出していた。1時間は自転車を漕いでいただろう。ストレスを発散するように全力で漕いでいた。
海が見えてきた。それなりに人の多い海を前に駐輪場に自転車を止め駆け足で海に向かった。泳ぐわけでもないし、誰かと海を見て談笑するためでもない。
海を見ると考えたくないことをその時だけ忘れさせてくれるからだ。

 砂浜をゆっくりと歩く。サンダルだから足とサンダルの間に砂が入るが関係ない。
熱を帯びた砂を纏った足でずんずんと前に進む。キャッキャと楽しそうに海で遊ぶ人たちを見ながらドスっと適当な場所に腰を下ろした。
海は太陽の光を吸い込むようにキラキラと輝いている。眩しくてつい目を眇める。
 ジリジリと音が聞こえてきそうなほどに熱が肌を焦がしていくのを感じながら目を閉じていると、「あの…ちょっといいですか」と声が聞こえた。
誰かが自分に声を掛けているようでめんどくさそうに瞼を開けて周囲を見渡す。
「あの…!」ともう一度背後からはっきりと声がした。

 若い女性の声に思えて振り返るとそこに白いノースリーブタイプのワンピースを着た俺と同じくらいの年齢の少女が立っていた。
腰ほどまでにあるロングの髪は手入れがしっかりとされているのだろう、真夏の湿度の高い時期にも関わらず綺麗に靡いている。真っ白な肌と対照的な黒い瞳が俺を見下ろしている。こてっと首を捻って瞬きを繰り返しながら「ちょっといいですか」と言った彼女は俺と同様に緊張しているようだった。
睫毛も長く、誰もが理想とするような綺麗な二重が少し形を変えた。

「…急に声を掛けてごめんなさい。えっと、あなた私のこと見えていますか?」
「……は?」

 そしてそのワードは俺の思考を完全に停止させた。
海風が俺と彼女の間を凄い勢いで過ぎ去ると砂が目に入ったのか彼女は「ちょっとごめんなさい」と言って目を擦る。