「あっつ」

　アスファルトが太陽の熱を吸い気温を上昇させる。
あまりの暑さに自転車を漕ぐ足を止めて顔を顰めていた。
　ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して時刻を確認すると13時を過ぎていた。
高校二年の夏休みと言えば来年に迫る受験勉強だったり、部活動に励む時期だろうが学校にも行ったり行かなかったりを繰り返している俺にはどうでもいいのだ。
何の予定もないが、家にはなるべくいないようにしているからこうやって自転車を漕いで何キロも先の海を目指している。

『俊介のお見舞いに行ってくるけど、行く？』

　母親が忙しそうに準備をしながら家を出ていったのを今朝見送ったが、父親の違う大して仲良くもない弟の見舞いに行くほど俺は優しくはない。
母親が再婚をして7年ほどになる。
その時既に新しい父親との間に子供がいて、それが弟の俊介だ。
　本当の父親は俺が幼いころに亡くなっている。でも微かな記憶の中で父親の大きな手を何となく覚えている。だからこそ、新しい父親を“父親”と思ったこともないし、認めたこともない。未だによそよそしい態度を向けられている。

　母親もすぐに新しい父親との子供を産んだのだから、俺は笹森家にとっては一人だけ邪魔者なのだ。
加えて、弟の俊介は産まれてすぐに心臓に病を抱えている。産まれたときから病弱で激しい運動は出来ない弟は頻繁に入退院を繰り返している。
それに関しては付きっきりになるのは仕方がないことだとは頭の中では理解しているが、どうしても黒い靄がかかった感情が暴れ出す。
『なんで俊介ばかり気に掛けるの？』
遠い昔、母親にそう訊いた時、俺の中では“そんなことないよ”や、“蒼のことだって気にかけてるよ”とか、嘘でもそういう類の発言を引き出したかった。
しかし、母親は瞬時に答えた。
『仕方がないでしょ？俊介は体が弱いの。それにあなたはお兄ちゃんでしょ』
それがきっかけだったのかもしれない。

　それ以降、俺は自分から母親と距離を取った。弟の俊介も、新しい父親とも距離が縮まることはなく家には俺の居場所はない。
だからと言って学校に居場所があるかと聞かれればノーとすぐに答えることが出来る。学校は高校一年のある出来事のせいで友人はいない。二年生になっても俺は全てがどうでもよく感じてすべてを壊したくなるのだ。どうでもいい、全部どうだっていいのだ。
自分から居場所を無くしているのかもしれない。
　鬱屈した気持ちが俺の中で燻っている。それを吐き出すように自転車を漕いだ。
函館市内にある俺の実家から自転車を漕いで海へ向かっているが、年々更新される最高気温のせいで足が再度止まった。