「ちょっと間隔あけよう」
「そうだね」
 後部座席の窓際に詩が座り鞄一つ分の距離を取る。一席あけてしまうと誰かが詩の隣に座って触れてしまう可能性があるからだ。
バスの運転手がくぐもった声で次の停車場所を伝える。詩は窓の外を見ていた。窓越しに目が合うと俺に顔を向け「学校!行かないと!」とまた説教をしてくる。
こっちの事情も知らないくせに。
 俺は無視をして正面を向くとそれが気に入らなかったのか
「嫌な人がいるなら私が言ってあげるよ!」
「なんで詩が出てくるんだよ、ていうか…別に嫌なことしてくる奴は…いないよ」
「じゃあ何で?友達いないから?」
「そういう理由じゃないって」
「勿体ないよ!せっかく…学校通えるのに…」
「うるさいって。こっちにはこっちの事情があるんだよ」

 強めにそう言うと詩から反応がなくなった。どうしたのだろうと横目で詩を確認するとボロボロと大粒の涙を溢していた。
詩は悔しそうに顔を歪め、手で涙を拭い言った。
「私のために色々協力してくれてるんだもん、私も蒼君に何かしてあげたい」
「…いや、いいって」
「決めた!私蒼君を学校に行かせる!」
「…はぁ」

 喜怒哀楽が激しい。俺に弾丸のようにぶつけてくる言葉は幼稚なくせにグサグサと刺さってくる。普段ならばそれを避ける術を知っているのに彼女は避ける前に俺に突進してくる。だから向き合わざるを得ないのだ。
俺はわかったよ、と言った。
詩が何かを話しているがすっと瞼を閉じた。瞼の裏に映るのは周囲の冷ややかな目線。
高校一年生の頃、ある事がきっかけで俺は周りから腫れ物に触るような扱いを受ける。
『笹森君には近づかないようにね』
『アイツ、簡単に人をぶん殴るやつじゃん』
『わかるわ、おっかねぇ』
『無視無視、関わるなよ』
 何故あんなことをしたのか今は後悔しかない。“あんな些細なこと”を言われて一瞬で頭に血が上った。
どうだってよかったのに、俺だって関わりたくないと思っていたのに…―。

「蒼君、多分もう到着するよ」
「あ、うん」
 詩の声に顔を上げた。
乗客は既にまばらで最終到着地点の函館駅でバスが止まる。
詩と二人でバスを降りる。
 先ほどまで太陽の光で熱を帯びていたアスファルトは濡れていた。雨が降っていたようだ。
幸いにも今は止んでいるが空を見上げると曇天だった。
鼠色の今にも雨を降らしそうなそれを見て思わずため息を漏らしていた。
「どこにあるの?あっち?」
「違うよ、ちょっと歩く」

 彼女は俺とは対照的にウキウキしているようだ。そりゃそうか。
やり残したことの一つが今叶うのだから。その笑顔を見ると俺も嬉しくなっていく。
自然に気分が晴れていくのだから不思議だ。
俺たちはネットカフェに向かった。すぐに到着したが、受付で俺と詩は目を瞬き数秒無言になる。
「高校生でしたら身分を確認できるものの提示をお願いしております」
「俺だけじゃダメでしょうか」
「申し訳ございません。登録はお客様だけで構いませんがお連れ様にも身分証の提示をお願いしておりまして」
「…私、身分証無くしてしまって…」
「でしたら、再発行してからのご利用をお願いいたします」
 ショート髪のえくぼが印象的な若い女性の事務的な対応にわかりましたと言ってネットカフェを出た。
「ごめん、知らなかった…」
「ううん、大丈夫!しょうがないよ!」

 詩は明るくそういうが明らかに落胆しているようだった。