朝食を終え、詩がテーブルの上を片づけてくれたおかげで比較的早くに家を出ることが出来た。詩は意外にも心配性なところもあるようで『早く家でないとお母さんと鉢合わせちゃうよ?』とソワソワしていた。
のんびりしている雰囲気を纏っているのに意外だなぁと思った。

 今日も最高気温が昨日と同じくらいあるようで熱中症に注意と言っていた朝のニュースを思い出す。詩は暑さや寒さは感じないようで汗1つ掻いていない。

「で、やりたいことって何?」
「本当に付き合ってくれるんだね。嬉しいなぁ」

 スキップしながら進む彼女の後ろ姿はどこにでもいる少女であるのに、影はない。
それは死んでいるからだ。
突然くるりと振り返り、俺を捉える彼女の目は琥珀色に輝いている。
ドキッとした。あまり女子と関わってこなかったということもあるかもしれないが、たまに見せる妖艶なだけどどこか哀愁を感じさせるその表情にドキッとするのだ。
ギャップというのだろうか。

「やっぱり小悪魔だな」
「え?何?」
「何でもない」
「ふぅん、変なの。あ、そうだ。昨日ねちょっと机の上にあったルーズリーフもらったんだけど…」
「あぁ、別にいいよ。それにやりたいこと書いたんだろ」
「正解!」

 詩は俺に手に持っていた紙をばんっと効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく見せつける。

「いち…ネットカフェに…行く?」
「そう!」
「ていうかどっから出したの?」
「ポケットだよ。このワンピースポケットついているの。このワンピース着て外に出ることが目標でもあったんだけど結局死んじゃったから。これを着て外出したいっていう想いが強かったのかな?気が付いたらこの格好であの海にいたの」

 俺は彼女からその紙をもらうと「そっか」と言って頷く。
他の人が同じことを言えばしんみりとした雰囲気になりそうなのに、彼女があまりにも普通のことのように言うものだからそうはならない。
詩の字は女の子らしく若干丸文字だった。想像通りだ。
1ネットカフェに行く
2親に手紙を渡す
3デートする 
4親友に手紙を渡す
5姉に会いたい
6花火をする
7旅行に行く
8海で泳ぐ
9学校に行く
10

「これが…やりたいこと?」
「そう!ただその番号は優先順位ていう意味ではないよ。ただやりたいことを書き連ねただけだから」
「何で10番は空白なの?」
「それは…内緒」
目を逸らし、照れた様子の彼女に首を捻る。
「というか、これ全部…?」
「あー、ううん。別に全部頼むわけにはいかないからその中から実現可能なものだけ手伝ってくれたらいいよ。どうせ私はあと少ししかこの世界にいられないから」
「……」

 俺は無言でもう一度それに目を通す。親に手紙を書くという二番目に書かれた項目に線が引かれていた。しかしその上からまた書き直したのだろう“親に手紙を渡す”と再度書かれてある。どうして一度は消したのか想像しなくとも分かった。
渡したいが、渡したところでもう自分はいない。詩が本当は家族に会いたいのに会うことは出来ないと言っていたのはおそらく母親が二度娘を失う苦しみをしてほしくないからだ。