「朝食と言えばやっぱり目玉焼き?」
「多分…」

 詩はルンルンと鼻歌を歌いながら手際よく米を炊き目玉焼きに味噌汁をつくる。
その後ろ姿を見ながら「何か手伝おうか?」と訊くが彼女は大丈夫しか言わない。

「ていうか家族以外に飯作ってもらうの初めてかも…」
「何か言った?」
「いや、何でもない」

 ダイニングテーブルに料理が並べられる。ありふれたどこにでもある朝食だったが

「誰かのためにご飯なんて作ったことなんてなかったから緊張しちゃったよ。まぁ、大したものじゃないけど」
と言われ、“俺のため”に作ってくれたのだと思うとそれは突然特別な朝食になった。
 朝食はいつもいらないといって食べることがほぼなかった。
それは家族と顔を合わせる回数を減らしたかったからそういう口実を作った。
 俺が朝食を食べなくなると母親は当然のように俺の分は用意しなくなった。当たり前の話だ。それなのにまたそんなことで疎外感を感じ、自暴自棄になった。
どうしようもない面倒な奴なんだと改めて思う。

「いただきます」
「いただきます!」

 ほぼ同時に手を合わせ、いただきますと言って食べ始める。
詩は誰かと食べるご飯は最高だねと言った。俺はまた曖昧に頷いた。でも詩はそんな俺の反応に目を細め、じーっと何か言いたげに見つめてくる。
「何…?」
言いながら目玉焼きに醤油をかける。
「美味しい?」
「え、」
「美味しい?」
「あー、うん。美味しい」
「良かった~」
 ほぼ“言わせた”のだけど彼女には関係ないようだ。そして何かを作ってもらったら「美味しいよ」と感想を言ってあげるのがいいのだとそんな当たり前のことにこの年で気づく。
「味噌汁も…だし効いてる。うん、美味しい。豆腐なんてうちにあった?」
「あったよ?この漬物もあったし。勝手に食べて怒られないかな」
「俺が食べたって言えば問題ない」
「そっか」
 詩の頬にご飯粒が付いていた。ついているよ、と言って手を伸ばそうとしたときはっとした。
詩もそれに気が付きすぐに自分で米粒を取ると口に入れる。
「ありがとう、でも大丈夫。そういう時は言ってくれれば自分で取るし」
「うん、ごめん」
妙な雰囲気が流れた。
 
―彼女は、触れたら消えてしまう