「その“死神さん“が詩の死期を間違えたのが原因なんだから感謝しているみたいな言い方するなよ」
「あ、そっか。でも私ずっと入院していたからやりたいこと沢山あったけど何も出来なかったの。だから…感謝しているんだ」
その屈託のない笑顔を見るとそれを叶える手助けをしたくなってしまう。そういう魅力が彼女にはあるのかもしれないと思った。
「お母さんに会わなくていいの?」
「うん、いいよ。だって例えば一か月だけ私が戻ってきたとしたら二度悲しむことになる。その時が近づいてくるにつれてきっとお母さんは毎日泣くことになる。絶対にまた死なせたくないって思うんじゃないかなって」
「…なるほど」

 詩に似た女性は確かに目が真っ赤で腫れていた。何度も何度も泣いていたことがわかる。

「だから…見ず知らずの他人の方がいいんだよ。あ!でもね…蒼君はいい人そうだから頼んだの。優しそうっていうか…。だから手伝ってくれると嬉しいな」
手を後ろに回して首を捻り上目遣いをする詩に「小悪魔じゃん」と呟いた。
「え?何?」
「何でもない。いいよ、別に暇だから手伝ってやるよ」
「本当に?嬉しい!ありがとう!」

 別になんてことはない。
ただの暇つぶしだ。死んだはずの人間がどういうわけか一か月だけ生前の姿で戻ってきた、そんなおとぎ話のような出来事に興味を持っただけだ。
そう言い聞かせた。

「ていうか詩は誰かに触れられちゃダメなんでしょ?」
「そうそう!だから絶対に私に触れないでね」
「触れねーよ」

 俺の反応にふふっと可愛く笑う詩はどこからどう見ても普通の子にしか見えない。だが、何度も見ても彼女には影がない。
素通りする人たちは気が付かないだろうが。
「ていうか一か月の間、家に帰るわけにはいかないんだろ?どうすんの?」
自転車を押しながら詩に訊く。詩はハッとしたように俺を見ると「どうしよう…」とすぐに落ち込んでいる様子だ。先ほどからコロコロと表情を変える詩に可愛いという感情を抱く俺は夏の暑さでどうにかなってしまったのではないかと思った。
「野宿するよ。公園とか」
「他人にも見えるんだから危ないだろ。触れられたら終わりだし」
「そうなんだよね…でも私さっき目に砂が入った時痛かったから痛みとかは感じるみたいだけど…暑さとかは全く感じないの!変だよね、だから…野宿でも問題はないんだけど…誰かに見つかったら補導されちゃうよね」
「確かに」
 俺は考えた。
ちょうど父親は夏休みというタイミングにも関わらず長期出張で家を空けている。
 母親は週末だけ自分の実家に帰っている。俊介のいる病院から今住んでいる家よりも祖父母宅の方が近いからだ。平日は仕事をしていることもあり毎日俊介に会いに行くことは出来ないようだ。

「週末ならうちに泊まれる。親いないし」
「ええ…そうなの?いいの?」
「うん、そうだよ。別に問題ない」
 これ以上は聞くなという雰囲気を自ら出す。詩はそれを察知したのだろう、何も言わなかった。
「そうなると平日はどうするかっていう話なんだけど」
「うん、そうだよね」
「俺の家の…屋根裏に隠れる」
「ええ、屋根裏?見つからないかな…」
「大丈夫だろ、親は俺の部屋なんか絶対入ってこないし別に俺の部屋にいてもいいけど就寝時だけは屋根裏がいいと思う」
「分かった…ごめんね、蒼君の家に行こうだなんて思ってもいなかった」
「いいよ。ただ飯だよなぁ。腹とか減らないの?」
「全然減らないんだけど食べたいものはたくさんある!」
へぇ、と興味のない返事をして俺たちは家に向かった。
今日は俊介の見舞いの日だ。母親は自分の実家に帰っているだろう。
「多分今日は俺の家誰もいないと思う」
「そう、なんだ…。それ帰ってからじゃないとわからないの?」
「まぁ、そうだな」
きっと詩は俺のような家庭環境ではないのだろう。
聞きにくそうに眉尻を下げて言葉を紡ぐ詩に俺は言った。
「とりあえず家に着いたらわかるよ。家の灯りが付いているかいないかでわかるから」
「夕飯は?どうしてるの?」
「基本作ってある。それかお金だけ置いてあるから出前とか」
「…そう」

 家族構成など具体的なことは何も話さなかった。
自転車に乗って帰りたいところだが、詩がいるから歩いて帰るしかない。
相当な距離だった。
家に到着したころには辺りは真っ暗だった。
家には灯りはなく、人の気配を感じさせない。隣の家もその隣も夕飯時のいい香りがするのにそれはない。
「お邪魔していいの?」
「どうぞ」
鍵を使ってドアを開けた。