僕は犬のウンコだけど、特殊能力を持っている

 せわしなく二度三度チャイムが鳴った。花田豪介は居留守を使おうかと思ったが、宅配便だと後で母親から文句を言われそうだったので、面倒だと思いながらも立ち上がり、サイン用のボールペンを手にとった。心のショックが体にも伝わり見ている景色がぐるぐる回る。手足は重く、内臓は筋肉の支えを失って垂れ下がっている気がする。その間にもチャイムがまた二度三度鳴った。
「はいはい、今開けます」と自分にしか聞こえない程度の小さな声で返事をして玄関を大きく開けると、突然夕方の西日が容赦なく入ってきて薄暗い部屋の中にいたせいか豪介は目がくらんだ。しょぼしょぼする目を我慢して視線を上げると…。
 光の中に牧園さんがいた。
 心臓がキュッと縮む。また「変態」という言葉とともにぶたれると思って身をすくめ目を閉じ歯を食いしばる。
『…』
 予想に反して変態ビンタは飛んでこなかった。恐る恐る豪介が目を開ける。
「ゴンスケ、ごめんなさい」
「えっ?」
「本当にごめんなさい」
『何か様子がおかしい、牧園さんが僕に謝っている』
 豪介の硬直していた体から力が抜けていく。
「ゴンスケが言ってること本当だった」
「…」
「お願い、私に力を貸して!」
『牧園さんが僕に頼み事をしているのか…。変態とあれだけなじっていたのに…』目の前の牧園さんの顔はあの時自分を責めていた表情と明らかに違う。これは、ただ事ではない。
「都合のいいことを言ってるってことはわかってる。私のこと怒ってることもわかってる、でも、ゴンスケにしか頼めない。もう変態とは言わない。だからゴンスケの力を貸して!」

 ドキン!

 状況を認識するよりも先に体が反応した。自分の手が牧園さんに取られていた。牧園さんの柔らかな手が自分の手を力強く握っている。豪介にとって女子に手を取られるなんて小学校以来の出来事だった。それも相手は牧園さんだ。そして、力を貸してほしいと言っている。
『何かしらないけど誤解が解けたのか…』
 豪介の空っぽだった心に牧園ゆかりが正座した。心が温かくなる。
「お願い、力を貸して」
「わかった」
「えっ?」
「いいよ」
「本当?」
「うん」
 ゆかりはホッとして笑顔になった。豪介がその顔を見る。
『かわいい』やっぱり牧園さんはかわいいと心が震える。