唯はすぐに起き上がり、豪介には何も言わず、ゆかりのそばをすり抜けて走っていった。ゆかりもそんな唯を見てすぐにただ事ではないと分かった。一瞬唯を追いかけようかと思ったが、唯はそれすらも拒絶するような雰囲気であっという間に行ってしまった。
　ゆかりは１組の教室で何か大変なことが起こったのかもしれないと考え、慌てて教室に戻った。クラスメイトの女子に「どうしたの、唯がいますごい勢いで」と言ったところでその女子から「男子が…」と返ってきた。どうもみんなが教室の真ん中あたりを注目している。そこには唯の机があり、その周りに数人の男子が群がって笑っていた。
「読みます」と言う男子の声が響き、文太とコムギのやりとりを読み始めた。
「　【それとね、私本当はコムギじゃないんだ】
【えっ？】
　【本当は、唯。井上唯っていうの】
【今度から、唯ちゃんて呼ぶよ】
　【うん、そうして】
【唯ちゃん】
　【何？】
【好きです】
　【あたしも、文太大好き】…だってよ」
　それを聞いて男子たちが笑う。
　ゆかりはとっさにその用紙を男子たちから奪った。
「やめなさいよ！」
　男子たちは牧園ゆかりの凛とした迫力に気圧された。

　こうして期末テストの日が終わった。

　家に帰ってきた花田豪介はまたも心を失くしていた。食卓に座って目の前の夕食をボーと眺める。今日学校で起こったいろいろな出来事も家に帰ってくればそこはいつも通りの我が家で、それ以上でもなく、それ以下でもなかった。
「元気ないね？」と母親に言われた。
「うん、そんなことない」と元気なく答える。
「テストができなかったんだろう」と父親がナイスなフォローをしてくれた。
「うん」
「ほら、勉強してなかったからでしょう」
「うん」
「まぁ、また次があるさ。な」
「じゃあ寝る」
「風呂は？」
「いい」
　こんな時はとにかく寝るのが一番だ。起きているだけで辛い。いろんなことを考えてしまう。考えないようにするには寝るのが一番いい。豪介は早い時間だったが寝ることにした。ベッドに入り、目を瞑る。
『今日だけは、誰とも繋がりませんように…』

　豪介は寝ている意識の中で携帯を見ていた。
『こんな時にも誰かと繋がるなんて…』