僕は犬のウンコだけど、特殊能力を持っている

 彼女が明るい声とともにミニスカートを翻らせて自分に向かってやってくる。大悟はテストの度にこうやって彼女に会えることを楽しみにしていた。彼女との唯一のつながりだ。
「いや、大丈夫だよ」
「いつもありがとう」
「これ」と言って大悟は封筒を渡す。
「助かる」
「なんか、雨降りそうだね」大悟の声が上ずる。
「うん。それじゃ」
 と言うと、彼女はもう帰ろうとした。
『ダメだ、ここで帰してはいけない。言わなければ、言わなければ』
 大悟の胸が高鳴る。喉が張り付き、手に汗が滲み出る。大悟は勇気を振り絞り名前を呼んだ。
「芽衣ちゃん」
「何?」中村芽衣が立ち止まって振り向いた。
『言わなければ、言わなければ』
 ずっと決めていたことだが、ここ一番ではやはり勇気が出ない。自分を奮い立たせる。
「ねぇ、今付き合っている彼氏いるの?」
「いないよ」
「本当?」
「うん、なんか、付き合ってるって噂があって…」
「あいつとは別れたんだ」
「そうなの?」
「うん」
「そうか」
「それじゃ行くね」
「あっ、待って」
「ん? まだ何かあるの?」
 大悟は再び芽衣を呼び止めた自分にびっくりした。緊張で声が震え、手も震える。
『彼氏と別れたと言った。今がチャンスだ。今しかない』
「確か、頭のいい人が好きなんだよね、中学の時にそう言ってたんだけど」喉がカラカラになって自分の息が臭く感じる。
「うぅん、そうだったかな?」
「あのさ…」
『勇気を出して言うんだ』
「僕、結構成績良くなったんだ。だから付き合って欲しいんだ」
 言った。ついに言った。
「それは無理だな」芽衣は何の躊躇いもなくそう答えた。
「そっか」大悟は条件反射のように言ってしまった。顔を上げることができない。でも、ここで簡単に諦めたらダメだ。
『ダメだ、考えるんだ、考えろ』
 大悟は精一杯頭を回転させて考えた。ここで諦めたら二度とこんな勇気は出ないだろう。
「じゃあね」
『行ってしまう。行ってしまう…』
「友達からでいいんだ。どうかな?」
 大悟はちょっと離れたところに立っている芽衣を見つめた。彼女も大悟を見ている。
「うぅん、それじゃあねぇ…」
「分かった。その時は絶対だよ」
「じゃあね」
『繋がった。繋がった…』大悟は小さくなっていく芽衣をいつまでも見送った。

7月3日 火曜日 期末テスト前日