「もしかしたら典子が僕の手を取って「ほら、ドキドキしてる」なんて胸に押し当ててきたら触っちゃうことになるんじゃないか。その時はどうすればいい？』
「なんでこんなことになっちゃったのかな？」
「多分、銀治郎たちだよ」
「あぁそうか、ゴンスケ君たちのクラスにいたんだよね」
「そう、銀治郎とか、優斗とか美咲とか」
「そうか、あの人たちか…」
「うん」
　典子は少し顔を下に向けている。恥ずかしがっているのか…。言い出しにくいのか…。
「あのね、ゴンスケ君」
『チャンスの神様が前髪をなびかせてやって来た。それを俺は掴むんだ』
　喉が渇く。
「勇気を出して言うね」
「うん」
「私、好きな人がいるの」
　心臓が痛いぐらいに飛び跳ね、手が冷たくなっているのが自分でわかる。
「うん」
　典子が微かに微笑んだ。
『来る』

「久保田君なの」

「！」
「私、久保田君のことが好きなの」
「…」
「だから、変な噂流さないでって銀治郎君たちに言ってくれない」
「…」
「私、本当に迷惑してるんだ」
「…」
「ゴンスケ君、久保田君と友達でしょう？」
「あっ、あぁ」
「久保田君て彼女いるの？」
「あっ…」
「ねぇ、いるの？」
「い、いないと思うよ」
「そうなんだ」
「あぁ」
「あっ、久保田君には内緒にしといてね。絶対絶対言わないでね」
「あぁ」
「それじゃゴンスケ君お願いよ。銀治郎君たちに変な噂流さないでって言ってね」
「あぁ」
「約束よ」
　典子は顔を赤らめこの場を去っていった。一度も振り向かずに行ってしまった。夢なら覚めてほしい。現実なら、こんな現実なら今すぐ爆弾でも落ちて壊れてしまえばいい。
『……』
　豪介はあまりの出来事に思考がまとまらない。ここにあるのは「フラれた」という事実だけだ。学年一ブスと言われた典子にフラれた…。
　豪介は慌てて周りを見た。自分たちの姿を誰かが見てはしないかと心配になった。だが誰もいなかった。いないことでまた自分の孤独を感じた。暑さだけではないめまいがする。豪介は自分という価値を他人が決めるのなら学年一のブスに振られた自分はどれほどの価値があるのだろう、きっとなんの価値もない。そう、この言葉がぴったりだと思った。
『俺はミミズだ』