僕は犬のウンコだけど、特殊能力を持っている

 豪介はジャージに着替えると「ちょっと走って来る」と言って自転車に乗って飛び出した。母親の「夕ご飯までに戻ってきなさいよ」と言う呑気な声が背中に聞こえる。かと言って自分のことを気にかけでもして、「どうしたの、女の子にでも振られたの」なんて言われたらこのまま家出してしまうだろう。
 どこへ行くあてがあるわけでもない。それでも自転車で走って息が切れれば体の苦しさに気持ちの苦しさを3歩ぐらい後退させることができる。
 どのくらい走っただろう、息が切れ自転車に乗ってられないと足をつくと太陽が西に沈みかけていた。豪介は誰もいない田んぼの真ん中で大声で吠えた。
「うぉー…、わぁ…、あぁあああ…」
 気のすむまで吠えた。遠くで豪介の吠えた声に応えるかのように犬が遠吠えをする。豪介の心は崩壊寸前だったが、壊れそうになる心の中で何かが光った、気がした。
『なんだ?』
 心がそんなに苦しまなくていいと言っている。
『お前はまだ大丈夫だから。思い出せ、思い出せ』と心が言っている。何か大切なことを忘れているような気がする。それを思い出せばこの心の苦しみから解放されるような、自分を救ってくれるような一筋の光。その光をつかめ、それは、その光は…。
『典子』
 崩壊寸前の心をかろうじて引き止めたのは典子の存在だった。暗闇の中に光が灯ったかのようにそのことを思い出した。
『典子は僕のことを好きだ。こんな僕でも好きになってくれる人がいる』
 豪介のカラカラに干からびた心は温かく柔らかい気持ちで包まれた。自然に涙が溢れてくる。
『ありがとう、典子…』

 パソコン画面に女性の裸の画像が映し出され、別の写真から切り取った顔をそこに載せている。縮尺を合わせると首元と体の切れ目の色をぼかして整える。多少おかしな点はあるが裸の画像が出来上がった。
「よぉし、できた…」
 その夜、2年の男子生徒を中心に牧園ゆかりの顔写真と裸の写真を合成したヌード写真が【私のマンコ見て】の文字とともに送りつけられた。

6月26日 火曜日
 1組ではいつもの時間に登校してきた生徒達があちこちで数人のグループを作り携帯を覗き込んでいた。携帯には昨夜送られてきた牧園ゆかりの裸の合成写真があった。
「おぉ、すげぇ」
「これ合成だろう」
「当たり前じゃん」
「下手くそな合成だなぁ」
 などといった声が漏れている。